
「湖上のプロレス」の異名の理由
湖上のプロレス! とか、湖上のデスマッチ! とかいろいろ言われておりますが、ソリング級は普通の競技ヨットです。接触はもちろんケースになるし、ワイルドジャイブで他艇にラリアット! ロールタックでフライングボディーアタック! なんてすれば、第何条が適用されるかも知らないけど失格確定だろうし、すれ違いざまにフォーク(凶器)攻撃、なんてしたら失格どころか、警察に捕まります。ソリング級は普通の、ごくごく普通のセーリング競技規則(RRS)に則って行われるインターナショナルクラスのヨットです。
ではなぜ、ソリング級が「湖上のプロレス」だなどと呼ばれるのか。それは、一部の選手のせい。ほんの一部の選手が、ほとんどプロレスラーのような言動といいますか、マイクパフォーマンスを盛大に繰り広げるから。その張本人が坂上艇(坂上(さかうえ)智文・木内 誠・川添晴啓チーム)を率いる坂上さん。ソリング級全日本大会で9回優勝の実力者であるにもかかわらず、時に帝王となり、時にヒール(悪役)となり、参加者たちに牙をむくのである。
くだんの9 timeschampion、坂上(さかうえ)智文さん。愛のある毒舌に定評がある

くだんの9 timeschampion、坂上(さかうえ)智文さん。愛のある毒舌に定評がある
熾烈なマイクパフォーマンス
例えば2023年の東日本選手権前夜祭は、こんな感じであった。
「お待たせしました、坂上です! 明日は神の走りをお見せします。私を超えた先に世界がある。せいぜい世界の走りを後ろから見ていな!」(マイクを投げる)
その大会を制した優勝コメントはこうだ。
「どうも、坂上です(高笑い)。各チーム、全日本までには練度を上げたいという心根、聞かせてもらいました。しかし残念ながら、次回の全日本大会は『坂上さん10回目の全日本獲得おめでとう!』というサブタイトルがつきます。たたきつぶされるための練習、せいぜい頑張れよ!(アントニオ猪木風)」
と、まあこのような感じ(笑)。会場は大いに盛り上がり、そのほとんどが笑顔のブーイングだが、これも毎年の恒例行事。楽しい野次が飛び交う、すてきな前夜祭であり、表彰式なのである。
しかし、くだんの坂上さん、なかなか10回目の優勝になぜか手が届かない。“9 timeschampion”で足踏みをしたまま。2024年の全日本大会前夜祭では、
「お待たせしました! 実力通り、初日トップの坂上です。まず言いたい。1レース目、フィニッシュできなかったやつ! よく椅子に座ってられるなあ! 普通、正座だろう(笑)! 今夜は、『坂上さん、10 timeschampion前夜祭』です。明日は福島艇(福島 望・中村剛司(筆者)・飯田重紀チーム)の夢をたたき潰し、諏訪湖、沸騰! 舵オンラインのトップ記事永久固定、月刊『Kazi』誌の表紙&私のブロマイドの袋とじ、来年のMJCマリン大賞(現 日本マリン賞)受賞! ヒリヒリする1日となるでしょう!」と大見えを切ったにも関わらず、山中康弘さん率いる山中艇(横田 学・山中康弘・渡辺春男チーム)に負け、10 timeschampionは次回へ、という流れとなった。
2025年大会は諸事情により中止。そして迎えた2026年、全日本ソリング級ヨット選手権大会(以下、ソリング級全日本。やっと本題に入れる)が、10月3~4日の2日間、長野県上諏訪の諏訪湖で開催された。
ここまで、坂上さんの説明だけで1,000文字も使ってしまったことを後悔しつつ、ソリング級について改めて説明させていただく。ここまで我慢して読み続けてくださったあなた、本当にありがとう。

ソリング級全日本、艇長会議の風景
オリンピック艇種、ソリング級
ソリング級は、1972年のミュンヘンオリンピックから、2000年のシドニーオリンピックまで採用されたオリンピックのセーリング競技の正式艇。全長8.15mのキールボート艇で「最も大きなディンギー」と当時は呼ばれた。3人乗りで適正体重は270~300kg。世界では、身長190cm、体重100kgみたいな選手がゴロゴロ。足かせとトラピーズハーネスを付けた独特なハイクアウトも特徴の一つだ。日本では、かの有名なセーラー、小松一憲さんが挑んだ艇種として知る人も多いだろう。
ソリング級、オリンピック日本代表選手
- 1980年 モスクワ/日高茂樹、花岡一夫、池田 正(日本不参加)
- 1984年 ロサンゼルス/広沢孝治・沖田 稔・藤原 巧/17位
- 1988年 ソウル/小松一憲・花岡一夫・池田 正/11位
- 1992年 バルセロナ/小松一憲・高城秀光・藤原康治/12位
- 1996年 アトランタ/小松一憲・迫間正敏・兵藤和行/19位

1988年、ソウル五輪ソリング級代表のメンバー(1998年『Kazi誌』11月号より)。右から小松一憲さん、花岡一夫さん、池田 正さん。最終成績は11位。第6レースでは3位を走るなど、世界と互角の走りを見せた
江の島で栄えたソリング級の思い出
かつては神奈川県の江の島ヨットハーバーに多くのソリング級がひしめいた。当時は、ハーバーのクラブハウスからスロープを見て右端にあるクレーンのあたりにソリング級がずらりと並んでいた。小松さんや、花ちゃんこと故 花岡一夫さんがいつもいらした。新橋の居酒屋「石狩」(現在は千葉に移転しご子息が営業)のご主人にしてソリング級の伝道師、故 亀谷彰夫さんもいらして、レースや練習の後には豚汁を炊いてバーベキューなどをしていた。それはそれは盛り上がったクラスであった。
オリンピック艇種から外れてからは、全国のソリング級をここ諏訪湖に一同に集め、現在稼働しているのは10艇。小松さんがオリンピックで使用したJ-33(ソウル)とJ-35(アトランタ)は、船齢40を超えるが現在も現役で、丁寧にそして美しく整備されている。
筆者も実は学連セーラー時代から470級と並行してソリング級に乗っていて(いや、乗せられていて)、なんと坂上さんのクルーをしていた。坂上さんが突然、「おい、ソウルオリンピックに出るぞ。中村、オリンピックキャンペーンだ!」とか言い出して、この人は本気でそんなこと思ってるのかなと思いつつ(たぶん本気だから怖い)、国内予選で小松さんたちスーパーチームに挑んだ。
もちろん1レースすら勝つこともできず、というか初期は2レグ離されていたのが、選手権を重ねるうちには1レグ以内、小松さんに何艇身か手前まで近づけただけで歓喜するレベルだった。いや、私は喜んだが、坂上さんは当時、真剣に悔しがっていた。ふざけているのか真面目なのか。坂上さんとはそういう人物だ。私たちは、ソウルのプレオリンピック出場権はなんとか得たが、予算がなくて断念した。
小松さんの話をしたかったのに、また話がそれた。坂上さんという底知れぬ磁場、魔力の強さに改めて脅威を感じる。

新橋にあったころの居酒屋「石狩」。故 亀谷彰夫さんの店であり、ソリングセーラーのたまり場であった。一番奥に日本ソリング協会会長の髙島 豊さん。ソリング級の赤い帽子をかぶるのは理事の渡辺春男さん(写真提供=日本ソリング協会)

ソリングセーラーのもう一つの聖地、市ヶ谷のイタリアン「ラ・タベルナ」で開催されたある日の会合。左から故 花岡一夫さん(花ちゃん)、池田政寛さん(ジャンボさん)、髙島さん。とにかくよく食べる! それがソリングセーラー

諏訪湖湖畔に並んだソリング級。現在稼働するソリング級は10艇。もう1艇、修理が必要そうな艇もあった
江の島からの応援でレースを運営
さて、では話を現代へ戻しというか本題に戻し、初日の話をさせていただく。ソリング級は、諏訪ブルーウォーターヨットクラブと日本ソリング協会が維持運営してきたが、現在は組織改編があり、志村ともえさんが会長を務めるレイクスワヨットクラブと、会長続投が可決した髙島 豊さん率いる日本ソリング協会(発足1971年)が運営を行っている。
第53回となった全日本ソリング級ヨット選手権大会の参加は今回6艇(1艇はオープン参加)。毎回ソリング級選手権に参加する江の島ヨットハーバーの〈アスナロ〉(J/V 35 CR)チームの小林謙一オーナーが自艇のラバーボートを江の島からけん引して運営艇とし、江の島ヨットクラブ理事でレースオフィサーの重田敏浩さんがボランティアで運営にあたるという万全の態勢で開催された(やっとレース記事っぽくなってきた)。
初日は微風から中風。諏訪湖の風は例年通り触れ回り、なかなか安定しない。風向285度あたりでなんとか安定した時を逃さず、重田さんが見事にレースを取り仕切った。

日本ソリング協会会長続投が決定した髙島さん(左)と、レイクスワヨットクラブ会長に就任した志村ともえさん。二人三脚の新体制で心機一転前進する

江の島から運んだラバーボートは、〈アスナロ〉(J/V 35 CR)チームの小林謙一オーナー(右端)の好意による。息子さんの秀(ひいず)くん(左端)、中畑雅治選手の友人、椿 悠梨(つばきゆうり)さんも運営を手伝った

ソリング級全日本、2024年大会のレース委員長を務めた佐竹泰一さん(右)。元々ソリング級の名選手。「天才、佐竹」の異名を持つ! 今回も運営に参加
初日はリコール艇続出
私(筆者)は、福島艇(福島 望・中村剛司・飯田重紀チーム)で参加。毎回坂上艇の10 timeschampion阻止を夢見るチームだ。ディフェンディングチャンピオンは、山中艇(横田 学・山中康弘・渡辺春男チーム)。しかし、1レース目からメインハリヤードトラブル・・・。修理が間に合わず初日の3レースは全てDNS。チャンピオンの横文字(失格や罰則の俗称)スタートで、今大会に波乱ムードが高まってしまう。くだんの坂上艇もリコール解消せずでOCS。
同点ながらなんとか首位に立った私たち福島艇が思ったこと。「明日は無風らしい。このままノーレースになっちゃいな!」であった。リコール連発&1回は未解消だった坂上さんはやや元気がない。
「今日はリコールを経験したが、リコールしたら戻る。その行動が美しいんです(笑)。まあ、初日は練習ということで、明日が本当の試合。明日はピンを取って、首位に! おい! 福島! 勝ち逃げしようとか思ってんじゃないだろうな。点差はほとんどないし、明日4レース目が成立した時点でカットレース適用。つまり、明日1位だったチームが優勝なんじゃい!」(坂上さん)
今回の会場はやや狭くマイクもなかったため、坂上さんのパフォーマンスは会場全体にいきわたらなかったが、とにかくそんなこんなで諏訪湖の初日は終わった。
さてさて明日はどうなることやら。しょっぱいレースレポートですみません。とりあえず、後編に続きます!
後編は惜しみなく大会ギャラリーも公開します!
福島艇/福島 望・中村剛司・飯田重紀チーム。リコールナンバー11

仲艇/仲 彰英・増渕 光・中畑雅治・小林謙一チーム/リコールナンバー9

丹生(たんじょう)艇/丹生 亨・中村正之・増田純二チーム/リコールナンバー3

坂上艇/坂上智文・木内 誠・川添晴啓チーム/リコールナンバー6

山中艇/横田 学・山中康弘・渡辺春男チーム/リコールナンバー0

横山艇/横山 篤・佐々木隆宏・飛田卓郎チーム/リコールナンバー1

10月3日(土)、全日本ソリング級選手権大会/初日のリザルト
- 1位 福島 望・中村剛司・飯田重紀
- 得点/1-2-4/計7点
- 2位 仲 彰英・増渕 光・中畑雅治・小林謙一
- 得点/3-3-1 /計7点
- 3位 丹生 亨・中村正之・増田純二
- 得点/4-1-3 /計8点
- 4位 坂上智文・木内 誠・川添晴啓
- 得点/ 2-OCS[6]-2/計10点
- 5位 横田 学・山中康弘・渡辺春男
- 得点/ DNS[6]-DNS-DNS/計18点
- 6位 横山 篤・佐々木隆宏・飛田卓郎
- 得点/オープン参加

初日、スピネーカーをビリビリに破り、ガムテープで応急処置した筆者(中央)。2年ぶりのバウマンで下手こきましてすみません

初日に行われたパーティー。タイ料理店、トゥクトゥクにて

初日の結果に苦笑いの坂上さん(右から2人目)。福島艇の辛口ご意見番、飯田重紀さん(右端。筆者の同期)と語らう

レース委員長を務めた重田敏浩さん(右端)。本部艇の取り回しをしながら、なんとこの記事の撮影もこなした。まじでありがとうございます!

諏訪湖の地元セーラー、丹生 亨さん。諏訪湖のトリッキーな振れを見事に読み、アップウインドの魔術師と呼ばれた

さて、明日の2日目はどんな風が吹くのか。後編はコチラです
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(文=中村剛司/舵オンライン編集部、写真=重田敏浩/江の島ヨットクラブ理事)


























