デッキ長43フィートの木造カッター〈インテグリティ〉を建造し、2012年に進水させたウィル・スターリング。英国プリマスにある造船所で建造、設計も自ら行った。〈インテグリティ〉による、北西航路横断の冒険もいよいよ最終回となる。陰鬱(いんうつ)なる「飢餓湾」の漆黒の夜を超えた先に広がったのは、美しきオーロラの世界。カナダエリアを越えてアラスカへ。北西航路を巡る驚愕の冒険譚をぜひ(編集部)。
◆メインカット
photo by Will Stirling | ビューフォート海は浅く、私たちは水深4mの航路に慣れてきた。カナダの海図はフィート表示、アメリカの海図はファゾム表示、デジタル海図はメートル表示なので注意が必要だ!
【短期集中連載】北西航路を走破した43フィート木造ヨット〈インテグリティ〉の大航海
①北西航路の歴史
②砕氷帆船の建造
③アイスランドでの5年間
④冒険の準備
⑤ルネンバーグからグリーンランドへ
⑥最初の夜間航海
⑦グリーンランドの野生動物たち
⑧悪魔の親指で過ごした1週間
⑨129人が失踪した湾
⑩陰鬱なる“飢餓湾”
〈Integrity〉諸元
デッキ長:43フィート
水線長:37フィート
喫水:7.6フィート
メインセール:675平方フィート
第3レグのおおまかな航程
Transit of the North West Passage(北西航路横断)
オーロラの世界
ドルフィン・ユニオン海峡(Dolphin andUnion Strait)を抜けた我々は、補給がかなわなかったので、真水は配給制にして北米本土北西端から40マイルに位置するバロー岬(Point Barrow)に直行した。風と、霧と、オーロラのショーと、アーサー・ハメルが作るおいしい料理、そして、慢性的な睡眠不足! バロー岬で燃料と水を補給した際には、アラスデア・フリントとダン・カーゲンヴェンが勇敢な行動に出た。彼らは開けたビーチへの上陸を試みたのだが、その際、ディンギーが2度波にのまれて水浸しとなった。水温1.5度の海では、少しばかり危険度は高かった。
残りの550マイルは、チュクチ海(Chukchi Sea)を横断し、ベーリング海峡(Bering Strait)を通過する航程となる。
我々は、南下を続け、アイシー岬(IcyCape)とホープ岬(Point Hope)を通過して、北極圏を出たが、その間はずっと横帆を展開して走った。ディオミード諸島(Diomede Islands/ロシアと米国の間の距離がわずか2海里に迫る海峡にある)の横の隙間を通り、9月16日にはノーム(Nome)港の安全な水域に入った。ここで〈インテグリティ〉は越冬する。ノームは砂金採りで知られる町である。
シンプソン海峡を経て、ドルフィン・ユニオン海峡を抜ける。暗闇に包まれたバロー岬を目指す航程であったが、しばしば素晴らしいオーロラのショーが開催された
バロー岬にディンギーで上陸。魚を釣るために川まで7マイル歩いたが、魚は釣れなかった。茶色い砂利が敷き詰められた、砂漠のように荒涼とした田園地帯を行く
イヌイットのことわざ
航海は終了した。
「北極圏で自信過剰になるのは、決して賢明なことではない」というイヌイットのことわざがある。
想定内のこと、想定外のこと全てに対して辛抱強く、丁寧に対処してくれたセーリングチーム、ティム・マーチャント、ルーク・ブラウン、マーティン・オーツ、ケヴィン・オリバー、ヒュー・カールソン、サラ・スターリング、オーウェン・ナイ、ダン・カーゲンヴェン、アーサー・ハメル、アラスデア・フリントに心からの感謝の気持ちを伝えたい。
そして準備期間中のあらゆるサポートと、不在時に常に砦を守ってくれた妻、サラ・スターリングに特別な感謝を捧げる。また航海までの準備期間に、知識や経験を惜しみなく分かち合ってくれた、私よりもはるかに経験豊富な皆さまに感謝します。
航海中、私たちを歓迎し、助けてくれた多くの方々にも感謝します。通りすがりの旅行者がお返しできることは少ないと痛感しているが、大陸を一周する旅の途中で何度も出会った、見返りを求めない無償の親切は、深く強く心に残った。北極圏を旅する者にとって、忍耐は不可欠な要素だと言われている。キャビンでチェスに興じ、嵐が過ぎるのを待つ9月16日、ノーム港の安全な場所に到着した。目的地に到着し、〈インテグリティ〉の航海は完了した。
(編集部から:2026年、〈インテグリティ〉は日本訪問を計画している。詳細は、分かり次第お伝えします)
北極圏を旅する者にとって、忍耐は不可欠な要素だと言われている。キャビンでチェスに興じ、嵐が過ぎるのを待つ
カナダを離れ米国の領海に入ると、短パンで過ごせる日も増えた。カクトビクの集落沿岸は水深2m。寄港を諦めた
アイスロードの北端に位置するトゥクトユクヤクの夕日。夏になると集落を運行するタグボートや、はしけを見ることができた
9月16日、ノーム港の安全な場所に到着した。目的地に到着し、〈インテグリティ〉の航海は完了した
ウィル・スターリング氏のHP
Stirling and Son
(文・写真=ウィル・スターリング 翻訳=矢部洋一)
text & photos by Will Stirling, translation by Yoichi Yabe
※関連記事は月刊『Kazi』2025年4月号に掲載。バックナンバーおよび電子版をぜひ