
プロセーラー荒川海彦さんによるセールトリムの完全解説。
あなたには、セールの声が聞こえるだろうか?
「リーチが詰まってストールしそう、もっとメインシートを出して」
「今の風ならもっとパワーを出せるぜ。バックステイがきついよ」
ぼんやりと聞こえていた、これらの言葉の解像度を爆上げする。それが本特集の使命。
さらには、アパレントウインド、ベロシティーシフト、イナーシャ(惰性)などなど、
セールトリムに付随する専門用語についても改めて解説。
ヨットを前進させる原動力たるジブとメインセール。
アップウインドに限定した、その最適解をここに公開する。
まず覚えて欲しいヨット用語
プロセーラー荒川海彦さんによるアップウインド(風上航)限定の完全セールトリム解説。まずは基礎を学ぶ。
「各用語の意味を確実に把握してから、次章の実践編へ進みましょう。まず、セーリングは2次元ではありません。セールトリムにおいて、“時間と速度”=加速のプロセスだけでなく、“高度(垂直方向)”という軸を加えた3次元の視点が必要です(図1)」(荒川さん)
セールトリムの特集に際し、監修の荒川海彦さんの最初の一言である。
「まず覚えて欲しいのが、アパレントウインド、グラディエント、スロット、イナーシャ、ベロシティーシフトといった言葉です」
だいたい覚えている言葉も、初めて聞く言葉もあるだろうが、この項ではこれらの言葉をきちんと理解していただく。その前にまずは各部の名称のおさらいから。セールの各部名称(図2)、コントロールロープの効能(表1)、トリム表(表2)、ポーラーダイアグラムやターゲット表(表3)を解説する。基礎からきちんとおさらい(第1~3話)したうえで、第4話から各風域ごとの具体的なセールトリムを学んでほしい。
3次元の視点が必要
ヨットは時間と速度に加え、高度(垂直方向の高さ)による風の変化も考慮しなければならない
図1

セール各部名称
各部のおさらい。フォアステイのたわみ=サギング、セールの深さ=キャンバー/ドラフト量と、キャンバーの最も深い場所=ドラフト位置(前方から計る)はこのあと多出。しっかり覚えよう
図2

コントロールロープ Control Rope
それぞれのロープはなんのためにあるのか。基礎を確認しよう。

表1 各コントロールロープの効能を見る
- ➀メインシート/メインセールのツイストとパワーを支配する最重要シート。引けばリーチが閉じてパワーが増し、緩めればパワーが逃げてヒールを抑える
- ➁カニンガム/セールの最大深さ(ドラフト)の位置を前方に移動させる。風が上がるにつれて引き込み、セールの後ろ半分をフラットにしてエントリーを広げる
- ➂アウトホール/セール下部の深さを調整する。緩めると下部のパワーが増し、引くとフラットになって抵抗が減る。特に下りや加速時に重要な役割を果たす
- ➃メイントラベラー/セールの迎角を調整。ブームの上下動(ツイスト)を変えずに、センターラインに対する角度だけを変更するため、ヒールバランス、舵角の微調整に有効
- ➄ブームバング/リーチの跳ね上がりを抑え、主にリーチのテンションをコントロール。強風の下りではブローチング防止に、上りではメインシートの補助として機能
- ➅バックステイ/マストのベンドを介してメインをフラットにし、同時にフォアステイテンションを張ることでジブのサギングを抑える、強風時のデパワーの要
- ➆ジブシート/ジブのシーティングアングルとツイストを決定。数cmの差でスピードと角度のバランスが激変するため、常にスロットやテルテールとの対話が必要
- ➇ジブリーダー/シーティングアングル、アップ・ダウン方向のパワーバランスを調整。前に出すと下部が深く上部が閉じ、後ろに下げると上部が開いてフラットになる
- ➈バーバーホーラー/インホールとも。シーティングアングルをインまたは、アウト方向に動す。入れれば角度が良くなり、強風や波がある時は出してパワーを安定
- ➉ジブハリヤード/ジブのドラフトポジションをコントロール。風が強くなるほど引き込み、エントリーを丸く保ちつつ、後方のパワーを逃がしてハンドリングを容易に
- リーチコード/リーチのバタつき(フラッピング)を抑えるための微調整艤装。引きすぎるとリーチが「フック」してしまい、ドラッグ(抵抗)の原因になるので注意が必要

各風域のコントロールロープトリム表
表2


※2:ドラフト位置を見て軽く(または強く)引く
※3:モードにより微調整/セールチェンジすれば、各ポジションも変わる
※4:サギングの量&ジブの深さ、メインの深さを見ながら
ポーラーダイヤグラム/ターゲット Polar Diagram / Target
セールトリムするためのデータ指針。数値を知ってトリムする。
それぞれの艇には限界性能がある。ディーラーやボートデザイナーに依頼すればデータを出してくれるはず。その艇における、各風速のターゲットボートスピード、ターゲットアングルなどを知り、ベストトリムを行うことが必須だ。
ベネトウ・ファースト35のターゲット表を見てみよう(表3)。真風速12ktのクローズホールドの場合、ベストの艇速6.22kt、見かけの風角25.6度(マストトップのウインデックスの角度)、ヒール角度19.7度。これらの目指すべき数値にできるだけ近づける、これがセールトリムの指針になるのだ。
簡略化した表を防水加工して操船時に見えやすい場所に貼るのも効果的だ。
表3
ターゲット表(アップウィンド) Design #622 Beneteau First 35


本稿で必要なヨット用語リスト
- TWS:True Wind Speed /真風速(WS=Wind speedとも)
- BSP:Boat Speed/艇速
- TWA:True Wind Angle/真風角
- HA:Heel Angle/ヒール角
- AWS:Apparent Wind Speed/見かけの風速
- AWA:Apparent Wind Angle/見かけの風角
- LW:Leeway Angle/リーウェイ角
- TWD:True Wind Direction/風向(真の風角)
- VMG:Velocity Made Good/有効速度
- VMC:Velocity Made Good on Course/コースに対するVMG
- COG:Course Over Ground/対地コース
- BTW:Bearing To Waypoint/目的地への角度
監修/荒川海彦さん Umihiko Arakawa
ジャパンカップ、HPRチャンピオンシップなどでチームを優勝に導き、近年の国内のレースシーンの最先端で常に活躍するプロセーラー。海外のワンデザインレースにも精通し、屈指のジェネカーボートの経験値を誇る。2019年にOn TheBreezeを立ち上げ、代表を務める。

(監修=荒川海彦 文=中村剛司(舵オンライン編集部) 写真=松本和久、川野純平(Kazi編集部) イラスト=内山良治 協力=大野稔久〈アドニス〉(ベネトウ・ファースト35)オーナー)
Supervision by Umihiko Arakawa, text by Tsuyoshi Nakamura (Kazi), photos by Kazuhisa Matsumoto, Jumpei Kawano (Kazi),illustrations by Ryoji Uchiyama, Special thanks to Toshihisa Oono
本記事は2026年『Kazi』6月号を再編纂したものである。
























