堀江謙一さんが太平洋横断で乗るヨットを徹底解剖②

2022.02.05

すでにお伝えしたように、1962年に世界で初めて、太平洋を単独無寄港で横断した、『太平洋ひとりぼっち』の堀江謙一さん(83歳)が、その航海から60年を機に、その航海とは逆ルートになる、サンフランシスコから日本(兵庫県西宮市)の単独無寄港航海に挑戦する。3月下旬にアメリカから出航予定だ。

堀江さんが乗るのは、当時とほぼ同じサイズの19ft艇(6m弱)アルミ製の〈サントリー・マーメイドⅢ〉。前編の記事に引き続き、徹底的に紹介しよう。

 

エンジン非搭載は、
冒険家の堀江さんには当然のこと

3mm厚の耐食アルミ板の溶接を中心とする船体建造は、広島県のツネイシクラフト&ファシリティーズと同社のグループ会社が担った。同社は、2008年の堀江さんの挑戦「波浪推進船によるハワイ~紀伊水道間の航海」に使用された〈サントリー・マーメイドⅡ〉も建造しており、堀江さんは信頼を寄せている。

また、一般セーラーが驚いたであろう「エンジンを搭載しないこと」について、堀江さんに聞いてみると、なんのためらいもなしに、「60年前の航海でもエンジンはなかったし、ディンギー(小型ヨット)みたいな大きさのヨットにエンジンはいらない」と、さも当然のように返事が返ってきた。歴戦の冒険家である堀江さんにとって、エンジンはひとこと「いらない」で済まされることに、あらためてすごみを感じたのだった。

セーリングの艤装(装備品)に関しては、非常にスタンダードなものになっている。堀江さんのこだわりで、キャビン(船室)内からセールの状態が確認できる小窓も設置された。

舵から手を放した状態で針路を維持できる自動操舵装置については、電気式のティラーパイロット(レイマリン製ST-2000)も搭載するが、基本的には電気を使用しない、ドイツ製のウインドベーンをメインで使用することを考えている。このWINDPILOT社のウインドベーンも、堀江さんが過去の冒険で2回使用していて、単純な構造で信頼感があるとのことだった。

 

航海の前半は横か斜め後ろから風を受けることが多いと想定して設計されている。ドイツ製のウインドベーン(WINDPILOT社のPACIFIC LIGHTという自動操舵装置)の存在感が大きい。

 

追い風の走りでは、ヘッドセール(前側の帆)を張り出して展開する「観音開き」を想定している。

 

1938年生まれの堀江謙一さん(左)と1945年生まれのヨットデザイナー、横山一郎さん。今回で4回目のタッグでの挑戦となる。

 

通信は国際VHFと衛星携帯電話
航海計器も最低限

エンジンを搭載しないことに始まり、できるだけ電気を使うものを減らそうとしている堀江さんのフネ。それは単なる懐古主義ではなく、できるだけ機械トラブルの可能性を減らしたいという思考からだろう。直接トラブルが航行に影響しないような部分では、現代的な便利な装置も積み込まれる。

通信手段としては、おもに陸地が見える範囲で出入港時に使う国際VHF無線と、衛星携帯電話のイリジウム。イリジウムは音声発信をする電話のほか、スマートフォンをWi-Fi接続できる「イリジウムGO!」というサービスも併用する。

そのほかGPSプロッターと、フネの位置を伝える発信機、緊急時に位置情報を発信する衛星EPIRBなどを搭載するが、離れた場所の障害物を察知するレーダーは搭載しない。

 

アルミ製の安心感が感じられる
キャビンスペース

船内にはトイレ、ギャレー(キッチン)、チャートテーブル(航海計画を立てるデスク)などがあり、内張りはないため、金属の溶接構造が見える部分も多い。この無骨さは同時に頑丈さや安心感を感じさせてくれる。基本的にハル(船体)もデッキも3mm厚の耐食アルミ板で、要所要所に補強が入り、マスト周辺やキール(船底の重り)周辺はより厚い板が使われている。

写真撮影時点ではまだ積み込んでいない装備もあるが、エンジンや大型バッテリーがないため、積載スペースは思いのほかあるように見えた。とはいえ、前述のように重心を必要以上に高くしないために、天井高さは、堀江さんに合わせた最低限の高さにおさえられている。

堀江さんの唯一の滞在スペースは、コンパニオンウェイ(船室への入り口)を入ってすぐの左右のクオーターバースに続くソファ。ぎりぎり座れる高さで、就寝時はコクピット(操舵席)下のスペースに足を入れて横になる。ヒールしたとき(フネが傾いた状態)でも快適に寝られるように、バースにはセンターライン側が高くなるように5度程度の傾斜がついている。

マスト下のバルクヘッド(隔壁)より前のスペースにはトイレが設置され、それよりも前の部分は一般的なクルーザーならバウ(船首)バースとなるところだが、おもに浮力体の充填スペースとなっている。

 

コンパニオンウェイ(操舵席から船室への入り口)から見たキャビン。広くないスペースながら、チャートテーブルやギャレー(キッチン)などを備える。

 

金属製であることが分かるバウ(船首)部分。木製ケースの中は浮力体。衛星EPIRB(非常位置指示無線標識)も見える。

 

コクピット下部は一般的にはエンジンスペースだが、エンジン非搭載のため、ライフラフトが設置される予定。

 

キャビン後半部。左右のクオーターバースは、堀江さんが唯一休息をとれるスペースとなる。

 

[SUNTORY MERMAID III]
船体長:5.83m
全長:6.05m
全幅:2.15m
喫水:1.50m
重量:990kg
キール重量:300kg
素材:耐食アルミニウム
設計:横山一郎
建造:ツネイシクラフト&ファシリティーズ

 

実際に見てみると、驚くほど小さい〈サントリー・マーメイドⅢ〉。堀江さんとともに、元気な姿で日本に戻ってくることを、楽しみにしたい。サンフランシスコからの出航は3月下旬の予定だ。

今後も月刊『Kazi』ならびに『舵オンライン』では、ほかのメディアでは絶対取り上げない、セーラー目線の情報をお届けしていく予定です。

 

(文=Kazi編集部/中島 淳、写真=松本和久)

 

1962年の最初の太平洋横断の様子を綴った航海記『太平洋ひとりぼっち』、主演の石原裕次郎など豪華キャスト、市川 昆監督で映画化されたDVDも、好評発売中です。

 


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