堀江謙一さんが太平洋横断で乗るヨットを徹底解剖①

2022.01.27

3月下旬にアメリカから出航予定

すでにお伝えしたように、1962年に世界で初めて太平洋を単独無寄港で横断した、『太平洋ひとりぼっち』の堀江謙一さん(83歳)が、その航海から60年を機に、逆ルートとなるサンフランシスコから日本(兵庫県西宮市)への単独無寄港航海に挑戦する。

堀江さんが乗るのは、当時とほぼ同じサイズの19ft艇(6m弱)。サンフランシスコへの船積み前に撮影させてもらった、アルミ製の〈サントリー・マーメイドⅢ〉を、「舵オンライン」では前後編にわけて徹底的に紹介していこう。

 

船体は3mm厚のアルミ製
設計は横山一郎

83歳という高齢での挑戦となる、今回の堀江謙一さんの単独無寄港での太平洋横断。堀江さんは、最初の冒険航海から60年という節目になる航海に向けて、当時と同じ19ft艇で、エンジンは搭載しないという条件で挑戦することを決めた。

船体設計を担当したのは、ディンギーから市販のセーリングクルーザー、レース艇まで、数多くのデザインを手がけてきた横山一郎さん。2002年の太平洋横断(19ft)、2004年の世界一周(43ft)など、過去にも堀江さんの挑戦艇を設計しており、今回が4回目のタッグとなる。

また、60年前の航海で堀江さんが乗った合板製の19ft〈マーメイド〉号は、横山さんの父であり、日本のヨットデザインのルーツともいえる横山 晃さんの設計であり、2人の関係は非常に強固なものとなっている。

「アルミ製の19ft」というのが、今回のヨットに対する数少ない堀江さんから横山さんへのリクエストであり、設計のアイデア出しの段階から対話を重ね、追い風用の大きなセールは搭載せず、ポールによってヘッドセール(前側の帆)を張り出して使用することや、コクピット(操舵席)前半部を覆うハードドジャー(風や波をさえぎる囲い)の採用が決まった。

 

微風下の大阪湾を走る。セール面積はメインセールとジブで16.9㎡。バウ(船首)の突起部分を除いた船体長さ5.83mは、60年前のフネと同じサイズになる。

 

スターン(船尾)側から見ると、できるだけ船体の重心を下げるように設計されていることが分かる。あまり丸みを帯びず、チャイン(船底の角部分)が前後に長く入った側面形状も特徴的だ。

 

スターンから見た印象とは大きく違い、バウ(船首)から見ると細く背が高い印象を受ける。キャビン(船室)の天井高さを確保するための設計だ。

 

1938年生まれの堀江謙一さん(左)と1945年生まれのヨットデザイナー、横山一郎さん。今回で4回目のタッグでの挑戦となる。

 

ランニング(追い風)時にヘッドセールを左右に2枚展開することを想定して、ウイスカーポールを2本装備。ジブはファーリング(巻き取り)仕様。

 

多くのセールコントロールロープがコクピット(操舵席)に集約されていて、1ポイントリーフ(縮帆)まではコクピットで完了する。

 

メインシートをコクピット床面にリードせず、手すりを兼ねた金属パイプにリードするのは、堀江さんの発案。

 

堀江さんの身長に合わせた
ミニマムな設計

設計上で横山さんが苦労したのは、やはり19ftというサイズ。このサイズの制限の中で、2カ月以上を過ごすことになるキャビン(船室)の生活空間を確保しつつ、必要な装備品を設置するのには苦労したという。

ハードドジャーや船内の天井高さは、堀江さんの身長(160cm)に合わせて、最低限の高さで設計。横からの強い風圧を受けたり、船体の重心が高くなって不安定にならないように留意したという。
「図面だけではわからない、コクピットからキャビンに入る際の身のこなしなどに関しては、段ボールで模型を作って、妻の協力を得て検証作業を行いました」(横山さん)

写真で見ると、角度によって細身で背が高い印象を受けるが、船体長5.83mに対して全幅2.15mは、むしろ幅広といえる比率だ。小型の競技ヨットとあまり変わらない全長で生活空間を確保するために、キャビンの天井高さが必要であったため、部分的に背が高くなり、ひいては細身に見えるというわけだ。

また、完全な不沈構造(船底に穴が開いても沈まない構造)とすることも検討したが、やはりスペース的に難しく、バウ(船首)バース下に浮力体を埋め込むほか、クッションなど搭載品の浮力も合わせて、万が一転覆や漂流した際にも浮いていられる浮力を確保したという。

バルブキール(船底の重り)とストラットを合わせた重量は300kgで、船体総重量の約30%を占め、復原力の確保に寄与している。

 

サイドデッキ。転落防止のトウレールは数少ない木製部分。中央の小窓はキャビンからのセールトリム確認用。

 

マスト周辺の艤装はごくスタンダードなもの。マストとブームバングはプロコ製で、セルデン製のスパーも採用。

 

トランサム(船尾)。手前の白いだ円体は衛星携帯電話イリジウム用のアンテナで、奥がWi-Fi機能を持つ「イリジウムGO!」用。

 

コクピット前半部。太いパイプで構成されたハードドジャーが、堀江さんを風雨と波しぶきから守る。

 

短めの木製ティラー(舵柄)に、ティラーパイロット(自動操舵装置)を設置した状態。多くはウインドベーンを利用する予定だ。

 

ドッグハウス上部には大きなソーラーパネルが設置されており、航海灯や計器類の電源を確保する。

 

[SUNTORY MERMAID III]
船体長:5.83m
全長:6.05m
全幅:2.15m
喫水:1.50m
重量:990kg
キール重量:300kg
素材:耐食アルミニウム
設計:横山一郎
建造:ツネイシクラフト&ファシリティーズ

 

続きは近く公開される後編の記事にて。

今後も月刊『Kazi』ならびに『舵オンライン』では、ほかのメディアでは絶対取り上げない、セーラー目線の情報をお届けしていく予定です。

 

(文=Kazi編集部/中島 淳、写真=松本和久)

 

1962年の最初の太平洋横断の様子を綴った航海記『太平洋ひとりぼっち』、主演の石原裕次郎など豪華キャスト、市川 昆監督で映画化されたDVDも、好評発売中です。

 

2021年11月24日に行われた記者会見の模様はコチラ↑↑

 


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