AC日記_202303|堀江謙一さんにブルーウオーターメダル

2023.03.06

初めてアメリカズカップを現場で観みて以来約30年、その間、ニッポンチャレンジのセーリングチームに選抜されるなどしながら、日本のアメリカズカップ挑戦の意義を考察し続けるプロセーラー西村一広氏による、アメリカズカップ考を不定期連載で掲載する。新時代のアメリカズカップ情報を、できるだけ正確に、技術的側面も踏まえて、分かりやすく解説していただく。本稿は月刊『Kazi』3月号に掲載された内容を再集録するものだ。(編集部) 

(※)メインカット写真|photo by Kazi|1962年の堀江謙一さん初の単独無寄港太平洋横断は、日本では「日本初」とされているが、海外では「世界初」として認められている。堀江さんは最初から世界標準の日本人ヨットマンだったのだ 

 

 

今回の日記は、この正月3日に米国から送られてきた、とてもうれしいニュースから書き始めようと思う。 

昨年、世界最高齢で単独無寄港太平洋横断航海記録を樹立した堀江謙一さんが、クルージングクラブ・オブ・アメリカ(以下、CCA)の、最も権威ある賞とされるブルーウオーターメダルを受賞することが決まった、というニュースである。 

CCAは、昨年、創立100周年を迎えた外洋セーリング組織で、この分野では世界的に権威ある団体でもある。CCAはエポックメーキングな外洋航海を達成したセーラーを毎年表彰しているが、ブルーウオーターメダルは、その中でも最高の賞として知られている。 

堀江さんは1962年に世界初の単独無寄港太平洋横断航海を達成したときに、サンフランシスコ市長から「名誉市民の鍵」を授与されただけでなく、イタリアでは第1回「海の勇者賞」にも輝いたが(第2回目の受賞者は、あのフランシス・チチェスター卿)、ブルーウオーターメダルを受賞するのは今回が初めて。「世界初」と「世界最高齢」の単独無寄港太平洋横断航海の間に、各種小型艇による単独無寄港太平洋横断航海7回、地球一周航海3回という驚異的な航海を成し遂げたことも、今回の受賞理由の一つになっていることだろう。 

ブルーウオーターメダルの授賞式は3月4日に、マンハッタンにあるニューヨーク・ヨットクラブ(以下、NYYC)で開催されることになっていて、堀江さんの手許にはその招待状もすでに届いている。NYYCは、この連載の読者の皆さんなら当然ご存じの、ACの170年以上に及ぶ歴史の発端としても知られる名門ヨットクラブである。そんな由緒あるヨットクラブで、日本ヨット界のトップレジェンド堀江謙一さんが栄えあるメダルを授与されるのである。後に続く我々日本人セーラーにとっても、とても誇らしいことだと思う。 

 

NYYC代表のACチームはフロリダで開発テスト中

さて、そのNYYCが第37回ACへの挑戦チームとして送り出したアメリカンマジックは、昨年秋から米国フロリダのペンサコーラをベースにしてレース艇開発とトレーニングを続けている。今年も、新年早々の1月5日には前回ACのレース艇〈パトリオット〉でのセーリングテストを始めている。この日のペンサコーラ沖のメキシコ湾は、オンショアの風速16ノット、波高80cmというコンディション。ステアリングはポール・グッディソン。相変わらずまだトム・スリングスビーはこのチームのセーリングに顔を見せていない。そういう契約なのだろうか。少々気にかかる。 

〈パトリオット〉のメインセールトリムのメカニズムが、前回ACのときから比べると大きく変えられている。AC75クラスのマストローテーションさせることができる。AC75のメインセールはラフが左右に分けられたダブルスキン・セールだ。左右それぞれのアウトホールのトリムによってセール全体のキャンバーだけでなく、セールの厚みもトリムすることができる。その厚みは、マストのローテーション量にも連動して変化する。〈パトリオット〉のメインセールトリムのメカニズムの変更は、この部分にも絡んでいるようだ。 

この辺りの詳細について、ある西洋人(たぶんオージー)セーラーのユーチューバーがかなりマニアックに斬り込んでいて面白い。興味ある読者は、リンクから観てみてください。 

 

 

このMOZZY SAILSの動画は、AC公式サイトもリンクを貼るほどディープな技術解析を試みていて、とても楽しい。外洋性のうねりを伴うバルセロナ沖のレース海面では、メインセールトリムを素早く変化させることがより重要になってくる 

photo by mozzysails

 

 

 

五つ目の挑戦チーム、フランス

堀江謙一さんのニュースが米国から届いたのと同じ1月3日、ヨーロッパからはAC関係のフレッシュなニュースも届いた。第37回ACに挑戦する五つ目のチームとして、フランスが正式エントリーを果たしたというのだ。このチームはKチャレンジ。第35回ACにフランク・カマが率いて挑戦したチームとは異なる組織で、このチームのAC復帰は2007年の第32回AC以来のことになる。このチームの詳細は1月中旬になってもまだ明らかにされていない。 

ところで、今はACを離れているフランク・カマは、この冬はフォイリング・トライマラン〈ロスチャイルド〉による世界最速地球一周記録(ジュールベルヌ・トロフィー)を目指して準備中だ。2月頃までには、おそらくブレスト沖をスタートしていることだろう。 

 

 

今年年明け早々、第37回ACに正式エントリーしたフランスのKチャレンジの推進メンバー、ステファン・カンドラー(左)とブルーノ・デュボア(右)。このチームはSailGPにも参戦しており、その選手たちがACでも中心メンバーになると予想される 

photo by K-Challenge Racing

 

 

フランスKチャレンジの所属ヨットクラブ、つまり第37回ACに挑戦するのはサントロペ・ヨットクラブ。具体的なAC挑戦のための活動はまだ明らかにされておらず、この写真のAC75フランス艇は、AC主催者側で加工処理したもの 

photo by K-Challenge Racing

 

 

(文=西村一広)

※本記事は月刊『Kazi』2023年3月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ

 

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西村一広

Kazu Nishimura

小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。 

 


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