AC日記web版|AC40、0号艇の船首部損壊事故を検証する

2022.12.22

アメリカズカップを追い続けるプロセーラー西村一広さんによる、アメリカズカップ速報。今回は舵オンラインオリジナル原稿です!(舵オンライン編集部)

(メインカット=photo by Emirates Team New Zealand | James Somerset/船首から転倒し損傷したAC40)


 

2022年11月21日、第37回アメリカズカップ(2024年開催予定)防衛チームのエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)がテストしていたAC40クラスが、高速フォイリング中に激しいノーズダイブ(俗に、バウ沈、あるいは、ピッチポールとも)して、船首部を激しく損傷した。 

その数週間前から、ETNZはこのAC40をワンデザイン規則に従ったモジュールから、彼ら独自のレース艇開発のためにワンオフ・モジュールへと変更を加えてテストを行っていた。事故当時は、クルーがマニュアルでフォイルとエレベーターを操作していたという。 
(注:AC40のワンデザインルール下でのレースでは、フライトコントロールはオートパイロットを使うことが規定されている)

 

以下、ETNZの事故報告と、その原因解析レポートを元に、この事故を見てみることにする。 

 

 

40ノット以上のスピードでノーズダイブ 

2022年11月21日、当日の風速は15~20ノット、波はかなり高く、不規則な海況だった。そのコンディションでダウンウインドを艇速40ノットを超えるスピードで走っているときに事故は起きた。前述の通りフライトコントロールは、オートパイロットではなくマニュアルで行っていたが、そのコントロールでミスを犯して、フォイルとエレベーターが海面から空中へと飛び出してしまったという。 

そうなるとラダーが空中に出てしまうので、当然、水平方向の操舵コントロールも失う。その結果、彼らのAC40クラスは40ノットの高速でコントロール不能となってワイルドジャイブ、そしてそのまま船首部を深々と海中に突き刺す強烈なノーズダイブに至った。 

 

【ノーズダイブの様子と、ピーター・バーリングのインタビュー、解析CGなどの動画↓↓】

このノーズダイブで彼らのAC40の船首セクションは激しく捻じ曲げられ、デッキが損壊した。ただ、その部分以外にダメージはなく、水密隔壁によって浸水は船首セクション内に留まり、沈没の危険には至らなかった。転覆状態から起こされたAC40はテンダーに曳航されて、フォイリングしながらオークランド市内の彼らのベースキャンプに無事帰還した。 

 

 

AC40クラスの船首セクションに加わった負荷をまずは分析

事故を起こしたAC40がチームベースへ曳航され始めた時点で、すでにコンパウンドのデザインチームのオフィスでは、ノーズダイブに至る一連の艇の挙動や、ノーズダイブで艇体に加わった負荷のリアルタイムのデータ(艇からテンダーを介して陸上のデザインルームへと送られ、3者で共有している)を吸い上げて、事故原因を分析する作業が始まったという。 

このAC40クラスに設置している慣性計測装置によって、その事故の瞬間に船体に加わった加速度と角速度が記録されている。そしてそのデータから、その超高速ノーズダイブによって船体に加わった流体力学的負荷を推定することができる。そしてその推定負荷量を、艇の構造設計データに掛けてみるシミュレーションによって、どういうメカニズムで船首部の損壊が起きたのかを探ったのである。 

 

 

第36回AC(2021年開催)防衛艇〈テ・レフタイ〉のノーズダイブ

photo by DYLAN CLARKE 

 

 

ETNZは、第36回ACキャンペーンで建造した3隻のヨット(AC75クラス2隻、開発用スケールモデル1隻)が起こしたすべての横転事故とノーズダイブ事故時に、船体に加わった負荷のデータを保管している。AC40クラスの構造設計にあたって、ETNZのデザインチームはそれらのデータを使い、AC40クラスのサイズに落とし込んでAC40クラスが必要とする強度を満足する構造設計を策定した。 

AC40クラス0号艇の約3週間に渡る初期テストでは、設計強度以上のロードが船体に加わることはなかったという。しかし、今回のノーズダイブでは、それを遥かに上回るロードが船首部に加わったことがシミュレーションによって明らかになった。

ノーズダイブによって艇速40ノットから0ノットへの急減速の度合いは、過去の最悪のケースに比べて70%と高く、そのうえ、ノーズダイブからわずか1秒の間に、船首は横方向に90度も捻じ曲げられていたことが分かったという。この縦横2方向からの強烈なダブルパンチがほぼ同時に船首セクションに炸裂し、船首部の外板パネルがひしゃげたように損壊したことが判明したのである。 

 

 

2022年11月21日 AC40のノーズダイブ

photo by Emirates Team New Zealand | James Somerset

 

 

AC70クラス〈テ・レフタイ〉のノーズダイブ(白線)と、今回のAC40のノーズダイブ(緑線)で加わった縦方向と横方向の荷重の比較

photo by Emirates Team New Zealand 

 

 

今回の事故のデータをもとに、すべてのAC40クラスには下の図のように、船首部にリングフレームが1枚、デッキ縦通材が2本、ビームが1本加えられることになった。すでに一部のチームに出荷済みの3艇についてはその追加構造材のパッケージがマコナギー中国から各チームに発送されるという。 

構造が無駄に強すぎても無駄な重量が増えてヨットの性能は劣化する。と言って強度不足ではそれに乗る選手たちは安心して性能を追求することができない。その隙間にある正解を目指して、新しいACクラスを開発していくデザインチームの作業は続く。 

 

 

緑色で示されているのが、追加されることになった構造材

photo by Emirates Team New Zealand

 

 

快走するETNZLのAC40

photo by America’s Cup Event | Challenger of Record | ACPI

 

(文=西村一広)

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西村一広

Kazu Nishimura

小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。 

 


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