先行3艇、勝負に出る/ヴァンデ・グローブ実況

2020.12.25

高槻和宏のヴァンデ・グローブ実況(2020/12/25 金曜日配信)

 

■2つの大集団

12月21日(21:00UTC)。スタートから43日経過したこの日のポジションはこちら。

12月16日以来、ヤニック・ベスタベン(47歳/男性/フランス)の〈Maître CoQ IV〉がトップの座をキープ。シャルリー・ダランの(36歳/男性/フランス)〈APIVIA〉、トマ・ルイヤン(39歳/男性/フランス)の〈LinkedOut〉がそれを追う。4位以下もジワジワ迫っており、約1,000マイルに先頭艇団がまとまっている。

後続艇団も、後続 第1艇団と後続 第2艇団に分かれていたが、後続の第1艇団のほうが崩壊して第2艇団に飲み込まれ、1つの大きな艇団といっていい。

 

……と、大きく、先行艇団と後続艇団の2つに分かれているが、これはかなり珍しい。
前回のヴァンデ・グローブ(2016-2017)でのスタート43日後は、こんな感じ。

前回(2016-2017)は、先頭艇〈Banque Populaire VIII〉がとてつもなく先行し、同じスタート43日後には西経100度近くまで到達している。最後尾の〈TechnoFirst – FaceOcean〉までは経度にして約180度。つまり、地球半周分の差がついている。

 

対して、今回は、先頭艇と最後尾は約130度程度とコンパクトだ。
その最後尾は、前回も今回も同じセバスティアン・デストルモ(56歳/男性/フランス、オーストラリア)。
前回は艇名が〈TechnoFirst – FaceOcean〉で、この後124日かけて完走している。
今回は艇名が〈MERCI〉。前回とほぼ同じ位置まで達してはいるが、カンティングキールの油圧ラムに加えラダーのトラブルでオートパイロットが使えず、まともに走れていないようだ。リタイアするにしても、オーストラリアまでなんとか走らなければならないという厳しい状況にある。

 

セバスティアン・デストルモ〈MERCI〉。トラブルを抱えながら、艇団の最後尾をしぶとく走っている

photo by Sebastien Destremau / Merci

 

■プロトンとグルペット

ということで、今回は、先行艇団と後続艇団、2つの大きな集団に分かれてレースは展開している。

公式サイトの記事や動画『Vendée Flash』では、「集団」という意味でプロトン(Peloton)という言葉が使われている。
ヨットレースの世界では、このプロトン(Peloton)という言葉はあまり一般的ではないかもしれないが、サイクル・ロードレース「ツール・ド・フランス」ではよく使われる用語だ。

サイクルロードレースでは「集団(Peloton)」に大きな意味がある。
集団では、先頭の選手が風を遮ってくれるので、集団内では楽に走れるからだ。
「集団でのフィニッシュは同タイムとする」というルールもあって、総合優勝を狙う各チームのエースを中心にプロトンが形成され、アシストの選手が先頭交代しながらエースを守る。

対して、総合ではなくステージでのゴールスプリント "だけ" を狙っているスプリンターと呼ばれる選手たちは、苦手な山岳コースになると、タイムリミットに、引っかからないように後方で集団を作ることがある。これは同じような "集団" でもグルペット(gruppetto)と呼ばれる。

 

と、プロトン(Peloton)は、単なる "集団" ではなく、総合優勝を狙う選手を含む集団を指すことが多い。

対して、ヨットレースである「ヴァンデ・グローブ」では、特に意識して "艇団" を作るわけではない。たまたま集団になってしまっているだけ。誰もがこの艇団から抜けだしてトップに立つ、あるいは今の艇団から抜けだして前方の艇団を追う、ということを目指している。

ということで、この図の先頭集団をプロトン(Peloton)と言っていいのか。
ましてや、〈CHARAL〉や〈DMG MORI GLOBAL ONE〉のいる後続艇団をグルペット(gruppetto)と呼ぶわけにもいかないし。

 

■静かな50度

かつてないほど接戦となっている先行艇団13艇だが、この原因の一つが、南緯52度付近に位置する高気圧だ。

 

こちら、12月23日05:00(UTC)。

南緯50度以南といえば、泣く子も黙る "怒りの50度" (Furious Fifties)のはずなのだが、この高気圧のおかげで風がない。「静かな50度」になっている。
おまけにこの高気圧は艇団とともに東に移動しているため、先行していた3艇が4位以下の艇団に迫られる、という展開になっていたわけだ。

そしてスタートから46日経った12月24日。そんな "怒りの50度" での静かな戦いから、先行の3艇が大きく動いた。

 

こちら最新の12月24日21:00(UTC)。
〈APIVIA〉は最も南。最短コースを狙って、氷山を避けるために設定された航行禁止区域である「アイス・ゾーン」ぎりぎりを航く。
〈Maître CoQ IV〉は、アップウインドも覚悟で高気圧の北縁を。
〈LinkedOut〉はさらに北上し、より強い風を期待してということか。

三者三様のこの選択。吉と出るか凶と出るか。今後の展開から目が離せない。

面白いことになってきた。

 

2020年のクリスマスを、ヴァンデ・グローブ艇団の先頭で迎えたヤニック・ベスタベン〈Maître CoQ IV〉

photo by Yannick Bestaven / Maitre Coq

 

■救済時間

11月30日から同日夜中にかけて、南アフリカの南西海域で遭難した〈PRB〉の捜索/救助作業にかかわった3艇に、救済措置が出ている。

現在トップのヤニック・ベスタベン(47歳/男性/フランス)〈Maître CoQ IV〉で10時間15分。

現在4位につけているジャン・ルカム(61歳/男性/フランス)の〈YES WE CAM!〉が16時間15分。

現在5位のボリス・ハーマン(39歳/男性/ドイツ)〈SEAEXPLORER - YACHT CLUB DE MONACO〉で6時間の救済となる。

セバスティアン・シモン(30歳/男性/フランス)の〈ARKEA PAPREC〉は、その後別の要因でフォイルを損傷しリタイアしており、救済はなし。

 

●ケビン・エスコフィエ〈PRB〉の遭難/救助に対する救済措置に関して(公式サイト)
Time Compensations To Skippers Involved In the Rescue of Kevin Escoffier

 

先頭を航く〈Maître CoQ IV〉に10時間15分の救済ということは、すぐ後ろからそれを追う、〈APIVIA〉と〈LinkedOut〉からすれば、かなり前──艇速15ノットで10時間なら距離にして150マイル、経度にして3度以上前に出なければらならないわけで……。
この混戦は余計に複雑なことになっている。

 

■コージローが航く

そしてこちら、最新の位置の全体図。

 

後続艇団では、やはり〈CHARAL〉と〈DMG MORI GLOBAL ONE〉が、ジワジワと追い上げている。後続艇団の先頭に立てば、順位としては15位まで上がるわけで……。
目標を持って走れば。そしてそれは、観戦する側からしても。
なかなかに楽しい年末年始が送れるかと思われます。

良いお年を。

最後に、〈MERCI〉頑張って。

 

(文=高槻和宏)

※「舵オンライン」では、毎週金曜日に「高槻和宏のヴァンデ・グローブ実況」をお届けしています。

 

●Vendée Globe公式サイト
https://www.vendeeglobe.org/en
●レースのトラッキングサイト(現在位置)
https://www.vendeeglobe.org/en/tracking-map


高槻和宏(たかつき・かずひろ)
1955年生まれ。神奈川県在住。ヨット、ボート、カヌーなど、ジャンルを問わず海を遊ぶマリンジャーナリスト。月刊『Kazi』の人気筆者として、長年さまざまな記事を手がける。『虎の巻』シリーズ、『ヨット百科』など、ヨットに関する著作多数。


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