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単独航海を決めた理由/辛坊治郎、太平洋横断に再挑戦③

2021.04.07

ニュースキャスターとしてテレビやラジオで活躍する辛坊治郎さん(64歳)が、2021年春、太平洋横断に再挑戦する。

2013年の二人乗りで挑戦するも、クジラに衝突、漂流した失敗から8年。今回は一人乗りで大阪の淡輪から、アメリカ・サンディエゴを目指す。出航に向けて準備を進める辛坊さんに聞いた。

8年前の挑戦~失敗の経緯についてはこちらの記事、再挑戦を決めた経緯についてはこちらの記事を先にご覧ください。

 

辛坊治郎さん。1956年、大阪府出身。早稲田大学卒業後に読売テレビ放送に入社。報道局解説委員長などを歴任し、現在は大阪綜合研究所代表。テレビ、ラジオ番組の司会やニュース解説などで活躍していたが、今回の挑戦に向けて、その多くを降板した。セーラーとしては早稲田大学在学時にディンギーに出合い、大阪に戻ってからもシカーラ(ヤマハのディンギー)などでセーリングを継続。その後、エタップやアルバトロッサーといった20ft台のセーリングクルーザーを乗り継ぐ。

 

太平洋横断再挑戦のために手に入れた愛艇〈カオリンV〉(ハルベルグ・ラッシー39)。艇名は奥様の名前に由来。

 

チャートテーブルには、国際VHF無線機(右奥の白い筐体)とイリジウム(衛星携帯電話:右手前の黒い筐体)が見える。前回の挑戦で辛坊さんの命を救ったアイテムだ。今後、古野電気のレーダー等を設置予定。

 

二人で乗ることの怖さ
今回は単独での横断を決意

8年前の初挑戦のパートナーだった、アメリカ・サンディエゴ在住の全盲のセーラー、岩本光弘さん(ヒロさん)と二人での再挑戦を心に決めていた辛坊さん。二人乗りを念頭に選んだ現在の艇だったが、しばらくすると辛坊さんの心境に変化が表れる。

「買ってしばらくすると、相手が障害者であっても健常者であっても、二人で乗るということに怖さを感じるようになったんです。それは前回のパートナーが目の見えないヒロだったからではありません。二人乗りだと、お互いに相手の命に責任を持たなければならず、どちらにも重荷になるのだろうと思います。何か事故があって、どちらかだけが生き残ったときに、目撃者は一人だけという、その状況が怖くなったんです。一人乗りであれば、自分の命に自分で責任を持つだけなので、ある意味気楽です」

そんなためらいが出てきたタイミングで、ヒロさんも辛坊さんとのメールのやりとりの中でそれを感じ取ったようで、ヒロさんは新たな挑戦の道を進んでいくことになる。そして、ヒロさんは太平洋横断に再挑戦して、成功する。

2019年2月、ヒロさんは新たなパートナーであるアメリカ人セーラー、ダグラス・スミスさんとの二人乗りで、アメリカのサンディエゴから日本を目指して40ft艇で出航。4月20日に、辛坊さんとの航海を見送った人々の待つ、福島県のマリーナに到着した。ヒロさんの太平洋横断は、その夢が具体的に生まれた2012年から7年後に完遂された。

「次はいつ一人で出航しようかとは考えていたんですが、ヒロとダグさんの冒険が終わってからにしようと考えて、待っていたところがあります。2020年に出航しようと計画していましたが、コロナの影響と、出演番組のスタッフからオリンピックの取材に行ってほしいというリクエストがあって、1年延期することになりました」

 

コクピットはドジャーで完全に覆われ、ドライな状態を保てる。ドジャーを外した状態でも、高さのあるコーミングに囲われて安心感がある。

 

出航は今年4月以降、
ヒロさんの待つサンディエゴへ

今回の挑戦は、前回のようにスポンサーもなく、テレビ番組の企画にもなっていない。辛坊さんは、ニッポン放送のラジオをのぞき、すべての番組を降板して、今年の4月以降に大阪の淡輪ヨットハーバーから出航する予定だ。

「4月11日が65歳の誕生日なんですが、できることならば、仕事を整理して65歳からリボーン(生まれ変わる)ということで、気象条件が安定して、準備が済めば、その前後に出航したいと思っているんです。まあ今回は天候優先なので、少なくとも1週間くらい天候が安定するタイミングをみて出航したいと思います」

行き先は、太平洋横断ルートのゴールとされることが多いサンフランシスコではなく、800kmほど南のサンディエゴ。ひと足先に太平洋を横断したヒロさんが今も住む町だ。

「ヒロが、『辛坊さんがサンディエゴに到着して初めて、僕たちの旅が完結するんです』なんて言うから、サンディエゴに行くしかないじゃないですか。さらにいうと、アメリカ入国の手続きを考えると、到着地に迎えてくれる人たちがいるというのは、やはり頼もしい。前回の冒険の前に、サンディエゴの港も視察していますしね」

サンディエゴまでの所要日数はおよそ2カ月を想定しているという辛坊さんだが、たった一人の航海では、どのように過ごすつもりなのだろう。

「通信手段としては、国際VHF無線機2台のほかにはイリジウム(衛星携帯電話)しか持っていかないつもりです。パラボラアンテナを立てて太平洋横断中に動画配信をしようという話はいただいたんですが、のんびり操船を楽しみながら行こうと思っているのに、動画の撮影と編集に追われるなんてイヤじゃないですか。イリジウムだと動画の送信はできませんが音声は送れるので、今のところ、10年くらいやってる有料メールマガジンの配信は、陸上スタッフと連携してする予定です」

とはいえ、ラジオ番組への音声出演も検討されているほか、古野電気から提供された位置情報発信サービス(トラッキングシステム)によって、辛坊さんの各種SNSや古野電気のホームページでリアルタイムで位置情報が更新されていく予定だ。

「大阪湾を出港してすぐにイヤになって、南紀の白浜とか串本の温泉に入っていたらバレてしまうので、ちょっと困るんですけどね(笑)」

 

(文・写真=Kazi編集部/中島 淳)

 

※このインタビューの内容は、月刊『Kazi』2021年5月号(4月5日発売予定)の掲載予定記事から抜粋したものです。ご興味のある方は、全国書店またはこちらからお求めいただけます。

辛坊さんの挑戦については、今後も『舵オンライン』でお伝えしていきます。

 

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「辛坊治郎、太平洋横断に再挑戦①/漂流、救助から8年」記事はコチラ

「辛坊治郎、太平洋横断に再挑戦②/漂流中に決めた「もう一度」記事はコチラ


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