後藤浩紀さんと若手セーラーたちが世界で見た「セーリング文化の神髄」|インビテーショナルカップ参戦記

2024.12.01

米国のニューヨーク・ヨットクラブが、世界の限られたヨットクラブだけを招いて開催する国際キールボートレガッタ「Rolex NewYork Yacht Club Invitational Cup(以下、IC)」。

2025年9月に開催されたこの格式高き大会に、日本からは日本セーリング連盟(JSAF)が代表チームを派遣しました。

今回の日本チームは、普段ディンギーで活躍する有望な若手セーラーが多数参加。

このチームで若手と熟練のキールボートセーラーたちの橋渡し役を担ったのが後藤浩紀さん。今回は後藤さんによる貴重な参戦記を、舵オンラインで公開します。(編集部)

 


文=後藤浩紀
Text by Hiroki Goto
SAILFAST社代表取締役。高校からヨットを始める。国体で優勝し、進学先の同志社大学でも個人選手権で優勝。その後470級、ナクラ17 級で五輪キャンペーンを展開。モス級では第一人者として日本の先頭を走り続けた。国内最速のスピード記録を保持(35.7kt)

 

◆メインカット
photo by Kazushige Nakajima|激しく競り合いながら風上マークラウンディングする日本セーリング連盟(以下、JSAF)チーム。世界13カ国から20艇の精鋭チームがニューヨークヨットクラブに集まり、ワンデザインボート「IC37クラス」でしのぎを削った

(キャプション=川野純平/本誌、写真=中嶋一成)

 


アマチュアセーリングの頂点

インビテーショナルカップ(IC)は、2年に一度ニューヨークヨットクラブ(以下、NYYC)の主催で行われる、アマチュア限定の招待制レースです。

2009年から数えて第9回にあたる今回は、北米、南米、ヨーロッパ、アジア、オセアニアにまたがる13カ国から計20のヨットクラブの代表が覇を競いました。

日本チームはコロナ禍の2021年を除いてICに毎回参加しています。出場チーム中で唯一ヨットクラブ単位ではなく、ナショナルフェデレーションである日本セーリング連盟(以下、JSAF)に招待が届き、JSAFチームとしての出場です。

レースはNYYCが所有する(!)20艇のIC37クラスを用い、厳密なワンデザインクラスルールで行われます。

 


ニューヨークヨットクラブからの招待が日本セーリング連盟(JSAF)に届き、それからJSAFにより代表チームの選考、編成が行われる。歴代のJSAFチームは、ジャパンカップや全日本ミドルボート選手権などの大会で、好成績を残したチームを基盤に構成されるケースが多い

 

参加チームは事前にくじ引きで艇を割り当てられ、セールシート類まで、全て供給されたものを使わなければいけません。

メインセール1枚、ジブ1枚、ジェネカー1枚がインベントリーの全てで、リグチューニングも禁止。つまり完全に条件は全艇がイコールで、乗り手のスキルとチームワークが問われるシビアな戦いです。

出場資格はアマチュア(ワールドセーリングのSailor Categorisation Group 1の登録)のみの大会ですが、各国の代表選手にはかつてのオリンピアンや世界チャンピオンも散見され、どのチームも練習から真剣そのもの。

聞けばこの大会のためにIC37を購入し、普段から乗り込んでいるという本気度MAXのチームも複数いるとか。それだけこのICに高い価値が認められているという証でしょう。

 

いざ決戦の海へ

対するJSAFチームは、馬場益弘(ばんばますひろ)JSAF会長の発案で、今大会はフレッシュな若手を思い切って登用しました。じつに乗船メンバー9人中の5人が20代の若者です。











 

若手メンバーはそれぞれ49er級の海外遠征などスケジュールが多忙なこともあり、メンバーそろっての練習ができたのはニューヨーク出発のわずか1週前。

ここから現地でどこまで成長できるのか、戦えるレベルになるのか、期待と不安を半々に抱えたままの出国でした。

圧巻だったのが初めて足を踏み入れたNYYCのハーバーコート。広大な敷地に青々とした芝生、高台には歴史を感じさせるクラブハウスがそびえ、桟橋には巨大な星条旗がたなびいています。

その先に広がるナラガンセット湾には、無数のヨット、ヨット、ヨット……。

 

なにもかもスケールが桁違いに大きい!

当然クラブメンバーと、そのゲスト以外は立ち入りできない特別な空間です。

われわれは少しでもIC37に慣れるため、3日間の事前練習を含めて開幕までに6日間みっちりクルーワークを磨きました。

そのかいあってか、公式のトライアルレースでは第1マークトップ回航からの2位フィニッシュを果たし、意気揚々と初日を迎えたのでした。しかし……。

 



ディンギーさながらのシビアなレースを、キールボートの世界で経験した若手セーラーたち。勝手の違いに最初は苦戦するも、みるみると成長してIC37を操った

 

合言葉はATM?

付け焼き刃が簡単に通用するほどフリートのレベルは甘くありません。

初日はスタートの混戦を抜け出せず、ジェネカーホイストで手間取ったり、マークルームで違反を取られ、ペナルティーターンを告げられたりと、フリートの後方に沈みました。

厳しい現実を突きつけられた格好ですが、そんな時にチームを勇気づけてくれたのが、馬場会長が毎日ミーティングで口にされたチームの合言葉、「ATM(明るく、楽しく、前向きに)」です。たしかにこんな世界最高の舞台で、落ち込んでるなんてもったいない。

ライブ中継の映像やトラッキングを見直して上位チームの走りの秘密を探り、2日目は出だしからいきなりトップ争いに絡みます。

このレースを4位、そして続く第5レースでは暫定トップのサンディエゴヨットクラブと抜きつ抜かれつの末にトップフィニッシュ!

この日は中継もインタビューも日本チームに集中するジャパンデイになりました。

 



2日目にはトップフィニッシュを果たし、表彰されたJSAFチーム。大きなポテンシャルを示し、大会からの注目度も高かった

 

3日目以降はフリート中盤での奮闘が続きます。大きく順位を挽回する時もあれば、せっかく好位置につけていたのに自滅する時もあり、振り返ってみればその全てが実力だったのでしょう。

最終結果は20艇中13位という残念な順位に収まりました。しかしながら最後までチーム一丸となり、「ATM」で戦い抜いた結果なので、悔いはあれども未練はありません。

海上でのヒリヒリした鍔つば迫ぜり合いとは対照的に、連夜開かれるパーティーで胸襟を開いて交流できるのもこの大会の魅力。

いや、これこそがアマチュアリズムの神髄ではないでしょうか。

 


期間中はチームで合宿。若手たちも馬場会長らと自炊しながら、チームワークを深めた

 


若手を積極的に起用するチームは多く、それぞれのクラブの一員として育てていく姿勢が垣間見える

 


伝統と格式あるNYYCに、世界中の名門ヨットクラブから選りすぐりのセーラーたちが集うIC。その洗練された世界と文化に触れて、若い世代は何を感じただろうか

 

改めてセーリングは単なる競技を越え、成熟した文化なんだと誇らしい気持ちになりました。

これほど大規模なイベントを、事も無げにスマートに運営できるNYYCに心から敬意を表するとともに、今後も日本からのIC参加が続くことを願うばかりです。

 


バウマンを務めた長女(凛子さん)と。大学3年生の彼女は、普段は49erFX級で五輪キャンペーンをしています。そして普段モス乗りの私は今回タクティシャンを務めました。娘と一緒に戦えるなんて、ヨットパパ冥利に尽きます」(後藤さん)
photo by Hiroki Goto

 

■ICに参加して JSAFチームメンバーの声



(写真左から)
山田海統さん(マストハンド)
「世界のキールボート文化を体験できて光栄でした。この経験は自分のセーリング人生の糧になります!」
嶋倉照明さん(メイントリマー)「キールボートの難しさと面白さと、海外のクラブ文化の奥深さや組織力の違いについて多くを学ぶ貴重な経験となりました」
市橋愛生さん(ランナー)「レースや、社交の場においてもこれまでにない貴重な経験を積むことができました。大会への参加機会をいただき光栄でした」
三輪虹輝さん(グラインダー)「キャンペーンを通じて海外セーリング界との差を肌で感じました。歴史深く誉高いNYYCの地を踏めたことを光栄に思います」
後藤凛子さん(バウマン)「初めてのキールボート挑戦でしたが、多くのことを学び、仲間と共に成長できた貴重な経験となりました」



(写真左から)
服部好彦さん(ピット)「5度目の挑戦、次の世代に経験を伝えながらチームの成長を実感できました。若手がレースごとに成長する姿が印象的でした」
馬場益弘さん(チームキャプテン、ランナー)「結果は悔しいですが、孫のような世代の選手と一緒にセーリングをできたことに、改めてこの競技の素晴らしさを感じました」
森田栄納介さん(ヘッドセールトリマー)「レースを重ねて全員の成長を実感しました。ただ成績につなげられなかった。願わくばこのチームでもう一度闘いたいです」
後藤浩紀さん(タクティシャン)「タクティシャンとして反省点だらけのレガッタになりました。いつの日か雪辱を果たせるよう精進していきます」
舩澤泰隆さん(ヘルムスマン)「チームとしては準備不足で悔しい結果となってしまいましたが、若手に広い世界を経験させてあげることができたと思います」

 

■JSAF会長、副会長の願い
それぞれJSAFの会長と副会長を担っている、JSAFチームキャプテン馬場さんとヘルムスマンの舩澤さん。お2人が今回のキャンペーンで目指したものを聞いた。(編集部)

馬場益弘JSAF会長「経験と次世代の融合」
「日本のセーリング界が発展、成熟していく上で、セーラーたちが広い世界を知ることが重要だと考えています。特に今回は、普段ディンギーで活躍する若い選手とチームを編成して、次世代のセーラーにこのICという機会で、キールボートというヨットと、世界のヨットクラブの文化を肌で感じてもらいました。彼らのセーラーとしての成長と、心に響いた様子を見て、今回の取り組みは成功だと感じています。艇種の垣根を越えてヨットに乗り、大人たちが若手を支援しながら、共にヨットクラブを盛り上げて世代をつないでいく。セーリングを日本に根ざすためには、そんな環境が必要ではないでしょうか」(馬場会長)

舩澤泰隆JSAF副会長「若手の発信に期待」
舩澤さん「準備や練習時間が少なく、不慣れな船でも、若手たちは非常に飲み込みが早かったです。セーリングにおいては、ディンギーでもキールボートでも重要なことは同じ。それぞれのポジションワークをこなしながら、ディンギーレースで鍛えた力を大会中に発揮してくれるようになりました。順位は残念ですが、この取り組みには価値があったと思います。また、今回参加した若手たちや後藤君は、若手やディンギーセーリング界に非常に大きな影響力を持つセーラーです。このICで経験したキールボートという種目と、海外のヨットクラブという文化の在り方を、彼らが伝えてくれることを期待しています」(舩澤副会長)

 

本記事は『Kazi』2025年12月号に掲載された記事を再編したものです。バックナンバーもぜひ。

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