紛糾する次回アメリカズカップ挑戦者たち/英国チーム、エインズリーは土俵際|AC日記2025-8①

2025.08.20

次回第38回アメリカズカップ(以下、AC)の挑戦者代表である、ベン・エインズリー率いる英国チームが、次回アメリカズカップ挑戦継続の瀬戸際に立たされています。メインスポンサーの離脱で資金難に直面するエインズリーは、この窮地を脱することができるのでしょうか。

一方、防衛者であるエミレーツ・チームニュージーランドが挑戦者への事前協議なしに開催地をナポリと発表したことで、各国チームの不満も噴出。前途多難な幕開けとなりそうな次回のACを巡る現状を、プロセーラーの西村一広さんに考察していただきます。(編集部)

※本記事は月刊『Kazi』2025年8月号に掲載されたものです。

 

◆タイトル写真
ベン・エインズリーは1989年のOPワールド(日本開催、73位)で国際デビューし、2012年(写真左)には五輪メダル金4個、銀1個を持つ、生きた伝説になった。しかしACでは苦悩に見舞われ続けている(写真右)
左写真 photo by Laurence Griffiths / Getty
右写真 photo by Ian Roman / America's Cup

 


英国のAC挑戦、赤信号?

ベン・エインズリー率いる英国のアメリカズカップ(以下、AC)挑戦チームが、次回第38回AC(2027年イタリアのナポリで開催予定)への挑戦継続に向けて窮地に立たされている。

英国の過去2回のAC挑戦のメインスポンサーだった英国の大企業イネオスとの関係が突然破綻(関連記事:英国の挑戦チーム、イネオス・ブリタニア。ベン・エインズリーを解雇)したあと、次回ACへの挑戦資金のめどが立たない状況が半年以上も続いているのだ。

昨年秋、スペインのバルセロナで開催された第37回ACでエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)が防衛を果たしたすぐあと、エインズリーが所属するヨットクラブである英国ロイヤルヨット・スコードロン(以下、RYS)が次回挑戦への名乗りを上げ、挑戦者代表として防衛側から認定された。

挑戦者代表となったヨットクラブは、次回大会の実施詳細(プロトコル)を防衛者と協議しながら決めていく権利と義務を持つ。今回の場合、RYSの代表として防衛者と協議を進めていく責任者はエインズリーになる。

しかしそのエインズリーは次回大会のためのスポンサーを獲得しなければAC挑戦など不可能な状況に追い詰められていて、自分たちがその大会に出られるかどうかすらまだ分からない。次回大会の詳細などに関わる余裕などない。

 

開催地発表に不満を表明した3チーム

そんな中で、ETNZのCEOグラント・ドールトンが次回大会の、挑戦者選抜レースを含めたレース開催地が、南イタリアの港町ナポリに決定したことを発表した(このニュースは前回の記事で速報)。

すると、その発表を待っていたかのように、まず次回大会には挑戦しないことを発表していたはずのスイスチーム、挑戦者代表の英国エインズリー、そして次回大会への挑戦状未提出の米国ニューヨーク・ヨットクラブ(以下、NYYC)が、ほぼ異口同音の声明文を次々と発表した。

あるセーリングメディアによれば、この3者は、これらの声明を発表する前に、顔を合わせて会合を持ったことが確認されているという。

上記の3チームがまるで一緒に作成したかのようなそれらの声明文は、まず、防衛者ETNZの、昨年秋以来の、次回ACに向けての不透明な行動(具体的にどんなことを指しているかには言及しておらず、不明)についての不満を表明したあと、防衛者が次回大会への挑戦予定者たちに事前の相談も告知もしないまま、挑戦者選抜戦を含めた次回AC開催地を防衛者が(勝手に)ナポリに決定したことは、大変遺憾なことであり、わがチームの防衛者への信頼は失墜した、という内容。

 

かつて古代都市ポンペイを埋め尽くしたベスビオ火山が見降ろす第38回ACのレース海面
photo by Ian Roman / America's Cup 

 

猿も木から落ちる、のか?

ACの憲法とされている贈与証書について多少なりとも知っているこのコラムの読者の皆さんなら、上記の声明について「防衛者がAC戦の開催地を決めるのに、挑戦者の同意を得る必要あったっけ?」とすぐに気がついたことだと思う。

その独占的権利こそが、NYYCが米国の自陣まで挑戦者たちを長駆遠征させて、25回連続して132年もの間ACを防衛し続けることができた要因の一つとされていることは、多 くのACファンの間でよく知られている。

今回の声明文を出したNYYCは、その防衛者の独占的権利のおかげもあっての連勝記録だったことを知る当事者だし、同じようにスイスチームのオーナーも、第31回AC争奪戦に勝利してACをスイスに持ち帰ったが、「AC争奪戦は海で行わなければならない」と定めている贈与証書に従えば、湖しかない自国での防衛戦が不可能なことを知り、スペインのバレンシアで防衛戦を開催すると自分で“勝手に決めた”御本人である。

そのことをもう忘れていたとでもいうのだろうか?

(後編に続く)

 

第32回AC(2003年)。防衛国のスイス(写真左)はスペインのバレンシアを開催地に決め、ETNZを破って防衛を果たした
photo by alinghi

 

(文=西村一広)

 

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西村一広
Kazu Nishimura

小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。

 


 

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