アメリカズカップ 日記 202307|ニュージーランド次世代発掘

2023.07.07

初めてアメリカズカップを現場で観て以来約30年、その間、ニッポンチャレンジのセーリングチームに選抜されるなどしながら、日本のアメリカズカップ挑戦の意義を考察し続けるプロセーラー西村一広氏による、アメリカズカップ考を不定期連載で掲載する。新時代のアメリカズカップ情報を、できるだけ正確に、技術的側面も踏まえて、分かりやすく解説していただく。本稿は月刊『Kazi』7月号に掲載された内容を再集録するものだ。(編集部) 

※メインカット写真|photo by Emirates Team New Zealand | 第37回ACの有力チャレンジャー三つの総合力はかなり強力そうで、AC予選、本戦ともに白熱の戦いになることが予想される。〈テ・レフタイ〉を前に桟橋でミーティングするメンバー 

 

 

 

 

ETNZの次世代セーラー発掘大作戦

今回は第37回アメリカズカップ(以下、AC)で連続防衛を狙う王者エミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)の近況を。 

このチームは、前回の第36回ACで防衛を成功させるや否や、際立ったスピード感でネイサン・アウタリッジをセーリングチームに迎え、そこから第37回ACの連続防衛に向けた活動のスタートを切った。第35回ACからこのチームのコアセーラーであるピーター・バーリング、グレン・アシュビー、ブレア・テュークに、ネイサンを加えた4人が新生ETNZセーリングチームの4本柱である。 

2隻のAC40クラスによるETNZの新艇開発プログラムとクルートレーニングにおいては、この4人を二つのチームに分けることで、正確なデータを必要とする2ボートテストが可能になったし、インハウス・レース形式のクルー・トレーニングでは、AC本戦に勝るとも劣らない激しい接戦モードでの練習も可能になった。 

そのAC40クラスによる2ボートキャンペーンが終わろうとしていた今年2月には、第36回ACで防衛に成功したAC75クラス〈テ・レフタイ〉が再び海に降ろされた。ただしこの〈テ・レフタイ〉は、旧来の〈テ・レフタイ〉ではなく、新しいバージョンのAC75クラスルールに沿って改造が施された新生〈テ・レフタイ〉である。

 

 

今年2月末に、新しいクラスルールに沿った改造を終えた第36回AC防衛艇〈テ・レフタイ〉

photo by Emirates Team New Zealand

 

 

新クラスルールの注目点 

新クラスルールに沿って〈テ・レフタイ〉のバウスプリットバックステイは取り外された。しかし、眼に見える最も大きな改造は、両舷のクルーコクピットである。 

新生〈テ・レフタイ〉には左右それぞれに五つのピットがあって、そのうちの二つが足こぎペダルが備えられたサイクラー用である。上記の4人のコアセーラーたちは左右2人ずつに分かれて二つのピットに入り、ステアリングとセール&フライトコントロールを担当する。 

AC75の新ルールではクルーは8人になるので、すでに基本設計を終えているはずのレース艇では、ピットの総数は八つになるのだろう。 

しかしワタクシが個人的に最も目を惹きつけられた改造点、それはラダーの長さ(深さ)である。ほとんどのレースがオークランド港内エリアで行われた第36回ACのときに比べると、ラダーブレードが圧倒的に深い。これは明らかに、うねりの大きなバルセロナ沖のレース海面対策なのだろう。 

それほど第36回ACと第37回ACでは、レース海面のコンディションは大きく異なるようである。 

ETNZは5月15日にオークランドでの活動をすべて終えた。このあと〈テ・レフタイ〉を含む装備・設備のほとんど全てがパッキングされてオークランドからバルセロナに輸送され、そこにベースキャンプを開設したあと、来月7月には、ETNZは活動を再開、そのままバルセロナにとどまったまま、来年10月の防衛戦を迎えることになる。 

 

 

第37回AC本番用のレース艇では四つになると思われる片舷のクルーピット。〈テ・レフタイ〉では真ん中のピットにゲストが招待されていた 

photo by Emirates Team New Zealand

 

 

〈テ・レフタイ〉艇上左端のクルーの太腿に注目。この太腿8本のパワーによるセール&フォイルコントロールで、隣の450馬力4基掛けテンダーを置き去りにするスピードを生み出す 

photo by Emirates Team New Zealand

 

 

新生〈テ・レフタイ〉のアームとフォイル。この写真ではラダーは見えないが、かなり深いものに替えられている 

photo by Emirates Team New Zealand

 

 

第37回ACウイメンズ&ユースAC

この日記にも何度か書いたように、第37回ACでは、本戦に先立ってウイメンズACとユースACが開催される。このレガッタはAC40クラスによる、事実上の世界選手権で、12カ国から12チームが参加する。 

ETNZももちろん、この二つのレースにそれぞれチームを送り出す。先月5月12日、ETNZはこの二つのチームの選手の正式募集を開始した。その募集要項は以下の通り。 

 

ウイメンズAC:2023年12月1日の時点で18歳以上の、ニュージーランド国籍を持つすべての女性セーラー。 

ユースAC:2023年12月1日の時点で18歳以上で、1998年9月19日以降に生まれた、今年9月19日時点で25歳以下の、ニュージーランド国籍を持つ全てのセーラー。男性か女性かは不問。 

 

ここでのポイントは、1998年9月19日以降、2005年12月1日以前に生まれたニュージーランド国籍を持つ女性セーラーは、ウイメンズACだけでなくユースACにも応募できること。 

かつてニュージーランドには、外洋レース、オリンピック、そしてACの世界でも活躍する、優れた女性セーラーたちがたくさんいた。次回ACでは、新しい世代の女性キウイたちの活躍を見ることができそうである。 

 

 

ウィメンズ&ユースACにエントリーした12カ国。ACは再び欧米だけの文化圏に帰っていくのか 

©Emirates Team New Zealand

 

(文=西村一広)

※本記事は月刊『Kazi』2023年7月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ 

 

 

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西村一広

Kazu Nishimura

小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。 

 


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