昨年11月8日にスタートしてから今日で74日。北大西洋を北上する先行9艇は、いよいよ来週にはフィニッシュだ。これがもう、誰が勝ってもおかしくない大接戦となっている。
最後の1週間。誰が笑い、誰が泣くのか。
■〈Maître CoQ IV〉の秘密
トップでホーン岬を通過したヤニック・ベスタベン(48歳/男性/フランス)の〈Maître CoQ IV〉だったが、ヴァンデ・グローブ第4幕となる南大西洋北上でつまづき、追走艇団に追いつかれ追い越され・・・。
先週の本レポートでは、
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同じような海面を走っている今でも、なぜかズルズル遅れているが、艇になんらかのトラブルがあるわけではないもよう。
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なんて書いてしまったが、実は、1月2日のホーン岬通過時に波に突っ込み、船首部の艤装に大きなダメージを受けていた。……と1月18日、ドルドラム(赤道無風帯)を抜けてから動画で告白した。
「もう隠しておけないので」……と断っているこの動画によると、バウパルピットもファーラーももぎ取られてしまい、軽風用のヘッドセールが使えないもよう。
そういえば、ブラジル沖では貿易風帯に入った後でも度重なるスコールの襲来でセールチェンジが大変、と言っていた。ファーラーが使えないので、いちいちセールチェンジで揚げ下げしていたということか。
なんで「ズルズル遅れていた」のか、これでやっと理解できる。
なんでトラブルを隠していたのか。
以前、シドニー~ホバートレースでトップ争いをしているマキシボートがヘリからの取材を受けた際、「ライバル艇のメインセールが揚がっているか」をヘリのレポーターに聞いて問題になったことがある。大時化の後だったので、ファーストホーム争いをしているライバル艇のメインセールが破れていれば、自艇はこのあと無理せず走ればいいわけで。
レース中は、戦略上、相手艇のコンディションが知りたい。が、自艇のコンディションは教えたくない。相手に教える義務もない。
ヴァンデ・グローブの公式動画『Vendée Flash』でも、ドルドラム通過中の〈APIVIA〉シャルリー・ダランに、キャスターのアンディー・ロバートソンが「今はどんなセールを揚げているの?」という質問をしたところ、「それは秘密」と答えていたのも、そういうことだ。
12月16日以来ずっと先頭を走っていた〈Maître CoQ IV〉が、トラブルで軽風用のセールが使えなくなったと知られれば、それを追うライバル艇の戦略は大きく違ってくる。
〈Maître CoQ IV〉からすれば、隠しておきたい秘密なわけだ。
1月2日のホーン岬通過時には笑顔を見せていたヤニック・ベスタベン。このあと、船首周りの艤装に大きなダメージを受けるトラブルが待ち受けていたということか
photo by Yannick Bestaven / Maitre Coq
■残航2,500マイル
こちら、1月19日 21:00(UTC)の公式トラッキングマップだ。
トップ艇団は赤道付近の無風帯を越え、北大西洋の安定した北東貿易風帯を北上中。
ヴァンデ・グローブ最後の第5幕だ。
その前、南大西洋から赤道無風帯にかけての不安定な風の中で、追いつかれ追い越されてしまった〈Maître CoQ IV〉だが、安定した風が入った今はなんとか食らいついている。
フィニッシュのレ・サーブル・ドロンヌが近づいて、順位が気になるところ。
画面左に表示される公式のランキングでは、シャルリー・ダラン(36歳/男性/フランス)の〈APIVIA〉がトップで、フィニッシュまで残り2,568マイル。
115マイル遅れてトマ・ルイヤン(39歳/男性/フランス)の〈LinkedOut〉が2番手。そこから8マイル遅れて、3番手はルイ・バートン(35歳/男性/フランス)の〈BUREAU VALLEE 2〉となっている。
〈Maître CoQ IV〉はトップから163.6マイル後ろ、とある。が、〈PRB〉の遭難時に捜索に加わった〈Maître CoQ IV〉は10時間15分の救済タイムがあり、今の艇速が17.2ノットとあるので……。まだまだいける。
■途中順位は難しい
公式トラッキング・マップに表示される順位(Ranking)は、レース公示にも謳われている公式のものだ。
参加艇側でも、毎日この発表を楽しみにしているという。とはいえ、ヨットレースでの途中の順位というのは難しい。
アップウインドやダウンウインドでは、順位は風向に対して直角の線を基準とした位置関係となるわけで。インショアのブイ周りレースと同じで、 "マークまでの距離" で順位は計れない。左右に開いた艇間の順位は、風向が変わるだけで入れ替わってしまい、ミートするまで明らかにはならない。
とはいえ、長距離外洋レースで途中順位をつけるとなると、距離で表すしかなく。ヴァンデ・グローブの公式ランキングは、距離で測っているようだ。
それも、これだけの長距離レースとなると、次のウェイポイント(目的地)をどこに設定するかで、また順位が違ってくる。
ビスケー湾の入り口をウェイポイントとすると、こんな感じ(下の図)。
これだけの距離になると、直線は最短距離ではないのだが、目安として描き入れてみた。
これだと確かに〈APIVIA〉がトップで、〈LinkedOut〉が2番となる。
しかし、艇団の目の前には高圧帯による風の弱い海域が広がっており、これがこの後まとまって高気圧となり、東に移動する予報だ。
北東の貿易風を抜けて南西の風の海域への入り口は、ずっと西側に位置するもよう。
となると、次のウェイポイントはもっと西になるかもしれない。
こんな感じ。
風向・風速は96時間(4日後)の予想図。
となると、この地点での順位も違ってくる。
ということで──公式ランキングは、目安にはなるが、あまりあてにはならない。
冒頭で、「12月16日以来ずっと先頭を走っていた〈Maître CoQ IV〉」と書いたが、実はこれも公式ランキングでは、12月25日にいったん〈APIVIA〉と先頭交代したことになっているのだが。
実際はこんな感じだった。
この後すぐに〈Maître CoQ IV〉は南下し、〈APIVIA〉の前を切っている。
で、「12月16日以来ずっと先頭」と書いても間違ってはいないかと。
■仕上げの1週間
今日(1/22 JST)の最新のポジションはこちら。
予報通り、高気圧はまとまって東に。
この後も、東に移動するようで、北の低気圧に吹き込む南西の風域は広がり、艇団の最も東に位置するダミヤン・セギャン(41歳/男性/フランス)の〈GROUPE APICIL〉は、このまま南西の風に乗って最短距離でビスケー湾を目指せるのか。
南西の風はかなり吹き上がるようで、 "手強い風" レベルに発達しそう。
このあたりの予報も、日々変わっている。
それがビスケー湾に入って、またまた予測不能なコンディションになるやもしれず。
ほんとうに、最後の最後までわからなくなってきた。
トップをひた走るシャルリー・ダラン〈APIVIA〉。こちらは1月21日に撮影されたもの
photo by Charlie Dalin / Apivia
いずれにしても、来週の金曜日(本レポートの次回更新日)までにはトップ艇はフィニッシュしているはず。
優勝はただ一艇・・・だが、これまでの公式記事では3位までを表彰台(podium)と呼んでいるようで、また『レース公示』【16.2】によれば、10位までは賞金が出るし。
さあ、ヴァンデ・グローブ 2020-2021も、仕上げの1週間が始まった。
(文=高槻和宏)
※「舵オンライン」では、毎週金曜日に「高槻和宏のヴァンデ・グローブ実況」をお届けしています。
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高槻和宏(たかつき・かずひろ)
1955年生まれ。神奈川県在住。ヨット、ボート、カヌーなど、ジャンルを問わず海を遊ぶマリンジャーナリスト。月刊『Kazi』の人気筆者として、長年さまざまな記事を手がける。『虎の巻』シリーズ、『ヨット百科』など、ヨットに関する著作多数。