混戦、事故、生還──の吠える40度/ヴァンデ・グローブ実況

2020.12.04

高槻和宏のヴァンデ・グローブ実況(2020/12/4 金曜日配信)

 

■吠える40度

11/30 23:11(UTC)にトップで喜望峰の経度を通過しインド洋に入ったのが、シャルリー・ダラン(36歳/男性/フランス)の〈APIVIA〉。12月4日(JST)現在も、そのままトップを維持している。

2番手争いは、手負いのトマ・ルイヤン(39歳/男性/フランス)〈LikedOut〉を、ルイ・バートンの〈Bureau Vallée 2〉が南から攻めて前に出る。トップまでも約150マイルと詰めている。

 

このトラッキングマップでは、南に位置することの優位性が分かりにくいが、南極が大きな島だということを頭に浮かべれば、南下するほど走る距離は短くなることがご理解いただけるだろう。

 

〈Bureau Vallée 2〉のルイ・バートン(35歳/男性/フランス)は、そう、スタートで大きくフライングした人。このレースではリコール(呼び戻す)はせず、タイムペナルティー5時間となる。加えて、スタッフのミスでプロペラシャフトをシールした証拠写真の送付を忘れ、こちらでもプラス2時間。合計7時間のタイムペナルティーを受け、すでに解消している。

これが3度目のヴァンデ・グローブで、前回(2016-2017)は古く重い艇ながら、粘り強く走って7位に入っている。そして今回乗るのは前回の優勝艇、つまりフォイル第1世代で最も速かったフネだ。
南氷洋での走りに注目したいところだが……。トラブル多発の今回、果敢に最も南寄りのコースをとっている。

ルイ・バートン。35歳で3度目のヴァンデ・グローブ
photo by Louis Burton / Bureau Valee 2

 

そのすぐ後ろには、4位以下の12艇がダンゴ状態で密な追走集団を形成。それゆえ、遭難したケビン・エスコフィエは助かったともいえるわけで……。

 

■まれにみる激戦

もうとにかく、この1週間、いろいろありすぎた。

11月23日には、〈HUGO BOSS〉のアレックス・トムソン(46歳/男性/イギリス)がロンジ・ビームの修理を終え戦線復帰。
やれやれというところで、11月25日、トップを走るトマ・ルイヤン(39歳/男性/フランス)の〈LinkedOut〉はフォイルに大きな亀裂を発見。
11月27日にフォイル先端を切断するという応急処置を終え、やれやれというところで、11月28日には戦線復帰した〈HUGO BOSS〉がラダーを壊してリタイア。

 

洋上での大修理を終えたあとには、笑顔を見せていたアレックス・トムソンだが……
photo by Alex Thomson / Hugo Boss

 

トップ集団でレースをけん引するトマ・ルイヤン
photo by Thomas Ruyant / LinkedOut

  

そして11月30日に、ケビン・エスコフィエ(40歳/男性/フランス)〈PRB〉の遭難と、その救助劇だ。
これは、強風大波の中、船体が真っ二つに折れ曲がるという信じがたい事故で、艇体放棄しライフラフトで漂流というもの。
この時点では、トップの〈APIVIA〉を除いて、2位以下は本当にダンゴ状態だったので、すぐ後ろを走っていたジャン・ルカム(62歳/男性/フランス)〈Yes We Cam!〉に救助されるという奇跡が起きたわけだ。
ケビンはこの原稿を書いている時点でも、まだ〈Yes We Cam!〉に乗艇している。

 

遭難、漂流、奇跡の救出。〈Yes We Cam!〉船上の二人
photo by SAEM Vendee

 

いやー、よかったよかった。と、胸をなで下ろしていたところで、12月2日 08:20(UTC))。セバスティアン・シモン(30歳/男性/フランス)の〈ARKEA PAPREC〉が右舷側のフォイルを破損。フォイルを受けるフォイルケース、つまり船体側も破損しており、浸水あり。
続報によると、フォイルケースの修理には、穏やかな海面で12時間から24時間かかりそう。つまり、まだリタイアは考えていないようだが、加えてコクピット後方のバルクヘッドにもダメージあり。フォイルのダメージと同時に起きたものかは不明だか、それ以前に異常はなかったとのことで、こちらも2時間おきに40分、コクピット下に潜ってあか汲みが必要。……と、かなり厳しい状況のようだ。

 

photo by Sebastien Simon / Arkea Paprec

 

そして同じ12月2日の夜、19:00(UTC)。サマンサ・デイビーズ(46歳/女性/イギリス)の〈Initiatives Coeur〉が、何かの浮遊物と思われる物体に衝突。

これはもう、ほとんど全速力でオンザロックしたような衝撃だったようで、カンティングキールの付け根(駆動部)を固めるボックス部に亀裂が入っているとのこと。
ジャイビングの後に船内で食事中だったが、その衝撃で自身を含むすべてのものは前に投げ出され、胸を強打するも、なんとかデッキに出てセールを降ろす。
とりあえず、すぐに沈没という状況ではないようだが、こちらもきわめて厳しい状況で、現在はゆっくり北上中。航跡を見る限り、ケープタウンに向かっているもよう。

こちらの動画↓は、前回(2016-2017)のトマ・ルイヤン。やはり南氷洋で何かに当たり、艇が大破している。

 

これを見たら、確かに波の中で艇体が真っ二つに折れるような事故が起きても不思議はないが……。

しかし、こんなに多くの艇が壊れるほどの浮遊物がそうそう漂っているのか? 東南アジアの海ならまだしも、人里離れた吠える40度で。

アレックス・トムソンは、リタイアの原因となったラダーの破損は、捨てられたか流出した漁具がラダーに当たったのではないかと言っている。
遮る陸地のない南氷洋では、いったん流れ出た浮遊物はグルグル回り続けてしまうのかもしれない。
特に、インド洋と大西洋の端境のこの海域は海流も複雑で、大型海洋生物のエサ場でもある。流出したコンテナなども集まってくる可能性があるという。

 

■奮闘、コージロー

後続艇団は2つに分かれ、それぞれ接戦を繰り広げている(記事冒頭のトラッキングマップ参照)。

後続第1集団では、レース序盤にトップを走りながら、ハリヤードロックのトラブルでいったん後方に退いたアルメル・トリポン(45歳/男性/フランス)〈L’OCCITANE EN PROVENCE〉が調子を上げてきている。さすがに最新世代艇、スピード差はあるようだ。艇上も、妙に余裕があるようで……。

 

後方からジワジワと追い上げてきたアルメル・トリポン
photo by Armel Tripon / L'Occitane en Provence

 

一方、9日遅れで再スタートを切ったジェレミ・ベユーの〈CHARAL〉は、後続第2集団に追いつきそうな勢いだ。
その〈CHARAL〉と同じモールドで建造された、白石康次郎(53歳/男性/日本)の〈DMG MORI GLOBAL ONE〉は、後続第2集団の中で奮闘中。ちょうど南大西洋の出口で高気圧に行く手を阻まれる難しい海況だが、うまいタイミングで高気圧の西側に出られれば、艇団上位に出られるかも。

 

■ダブルハンドで…

さて、ケビン・エスコフィエを救助した〈Yes We Cam!〉は、その後もダブルハンド状態でレース続行中。しかも良い位置──横1列で4位争いをしている。

この後、いったい、どこまでいくの?

公式サイトの記事によれば、フランス海軍のフリゲート艦と洋上で落ち合い、乗り移る予定という。
とはいえ、気象状況を考えるとレースコースから離れる必要もあるかもしれず、どうしたものか悩んでいるもよう。

シングルハンドのルールなので、同乗しているケビンは何も手助けはできない。コーヒーを作るくらいか。食事も、それぞれ自分で作って自分で食べる。
ただし、ケビンが下船するときには、(ジャンが求めるなら)ケビンが食べた分の食料は補給されるだろう、とのこと。

ジャン・ルカム自身が遭難した「ヴァンデ・グローブ 2008-2009」では、救助にあたったヴァンサン・リュの〈PRB〉側も、救助の際にマストを壊しリタイアしている。こんなこと──遭難者を救助して2人乗りでレース続行し前の方を走っている──なんて、まずないだろうから、このあたりはジュリーもその決定が難しそうだ。

その2人。フランスのマクロン大統領とスカイプで話してます。

 

 

(文=高槻和宏)

※「舵オンライン」では、毎週金曜日に「高槻和宏のヴァンデ・グローブ実況」をお届けしています。

 

●Vendée Globe公式サイト
https://www.vendeeglobe.org/en
●レースのトラッキングサイト(現在位置)
https://www.vendeeglobe.org/en/tracking-map


高槻和宏(たかつき・かずひろ)
1955年生まれ。神奈川県在住。ヨット、ボート、カヌーなど、ジャンルを問わず海を遊ぶマリンジャーナリスト。月刊『Kazi』の人気筆者として、長年さまざまな記事を手がける。『虎の巻』シリーズ、『ヨット百科』など、ヨットに関する著作多数。


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