銀杯争奪戦に新たな挑戦者登場&王者ETNZのセーリングを探る|AC日記2026年6月号

2026.06.20

第38回アメリカズカップ(以下、AC)に、新たな挑戦者が2チーム参戦することが発表されています。その一つは、チェコの億万長者であり自らもスーパーマキシで活動するチェコの億万長者が率いるチームです。そして順調に歩みを進める防衛者は、次回AC使用の艇のテストセーリングでさまざまな実験を試みている模様。

ACを取り巻く最新事情を、プロセーラーの西村一広さんの解説でお届けします。(編集部)

 

◆タイトル写真
第38回ACに挑戦する米国チーム、アメリカンレーシングチャレンジャー・チームUSAを立ち上げたカレル・コマレク(右)とクリス・ウェルチ(左)。実質的チームボスのコマレク氏は1969年チェコ生まれ。スイスに本社を置く国際投資グループ企業KKCGの創業者・会長。セーリング競技界ではマーク・ミルズ設計、ペルシコ建造の100ftスーパーマキシ〈V〉のオーナー/スキッパーとして知られている。ウェルチ氏はこれまでF1をはじめとするモータースポーツとスポンサー企業を結ぶコーディネーター的業務で活躍してきたとされている
photo by America's Cup

 

著名なチェコの億万長者の挑戦

レイトエントリー締切日(3月31日)までに挑戦状を提出した二つのヨットクラブのうちの一つは、米国ニューポートにあるヨットクラブだ。

ニューポートにアネックスがあるニューヨーク・ヨットクラブ(以下、NYYC)ではない。NYYCはすでに次回第38回ACに挑戦しないことを公表している。

そのヨットクラブの名は、セール・ニューポート。これまでACの世界では名前を聞いたことがないヨットクラブである。

そのヨットクラブの代表チームの名前は、アメリカンレーシングチャレンジャー・チームUSA。これも初めて聞く名前のチームだが、このチームの共同創立者の一人で、挑戦資金のほとんどを一人で賄う出資者が、財界で国際的にその名を知られるチェコ国籍の大富豪であり投資家で、大物である。その名前をカレル・コマレクという。

このチームはすでにNYYC所属のアメリカンマジックから彼らの第37回AC挑戦艇だった〈パトリオット〉と2隻のAC40クラスを購入済みだという。

この原稿を書いている時点(4月9日)では、レイトエントリーまでに新たな挑戦状を提出したもう一つのヨットクラブとチームの名前は公表されていないが、いずれにしても第38回AC予選まで残り1年そこそこ。

現時点でAC75クラスをハイエンドのレベルで操ることのできるセーラーたちは、グレン・アシュビー、トム・スリングスビー、ポール・グッディソンを除いてすでに他チームに所属済みの状況で、この2チームが第38回ACで大暴れできる余地は、あまり残されていないように思える。

次々回、さらにその先もACに挑戦を続ける計画を持つチームであれば、応援したくもなるのだが……。

 

順調に歩を進めるETNZ

第38回AC防衛チームのエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)は、3月19日から始めたAC75クラス防衛艇〈タイホロ〉での最初のセーリングセッションを4月1日に終了し、〈タイホロ〉本体とその搭載機器のメンテナンスと改良に入った。

〈タイホロ〉による次のセッションの海上トレーニングとテスティングは4月20日から始まるという。

 

プロトコルで第38回AC戦の各参加チームに対して、今年2026年に45日だけ許可されているAC75でのセーリング日数のうちの9日間を使った3月4月のETNZの〈タイホロ〉でのセーリング。偵察チームの観察では、新しく付けられたラダーを、可動範囲内で前方に傾斜させてセーリングさせていることが多かったという
photo by Emirates Team New Zealand

 

3月19日から始まった最初の9日間のセーリングでは、新型コントロール機器のテストやフォイル類のデータ収集だけでなく、クルーの技量を上げるための、スタートシークエンスやマークラウンディングの練習を含めたレーシングスキル上達のためのトレーニングも行われた。

興味深いのは、レース実施可能風速の下限での、テイクオフ練習も念入りに行っていたこと。

フォイリング中の艇速を上げるにはフォイル面積をルール範囲内で可能な限り小さくすることが求められる。しかしフォイルが小さくなると、微風下での安定したフォイリングとテイクオフを可能にするクルーの技量の重要度が増す。

風が弱いことも多い初夏のナポリのレース海面では、レースのカギを握ることになると予想されるのだ。

 


偵察チームがもう一つ頻繁にレポートしていたのが、中風〜強風のダウンウインドの新しい走らせ方。モスクラスでは、フォイリング中のアップウインドでアンヒールさせるが、〈タイホロ〉はダウンウインドで、まるでILCA級かスピネーカー時代のキールボートのようにアンヒールさせてダウンウインドを走っている。理由を探りたい
photo by Emirates Team New Zealand

 

今回のETNZのセーリングセッションには、スキッパーのネイサン・アウタリッジをリーダーとして、ブレア・テューク、アンディー・マロニーをはじめとするベテラン勢と新人クルーたち、そしてアウタリッジの2012年ロンドン五輪49er級金メダルコンビの新加入イアン・ジェンセンを含めたセーリングチーム全員が交代で乗り組んだ。

中でも、NZ初の女性ACセーラー、ジョー・アレーがステアリングとフライトコントロールの両方を集中的に練習し、艇上で重要な役割を担っていたことが報告されている。彼女はAC40クラスによるウイメンズACだけでなく、AC本戦でも重要な役割を担うことになるのだろう。

〈タイホロ〉の装備で目立ったものは、セッション期間中ずっと、前方向にレーキさせた改良型ラダーを使っていたことと、フォイルの表面を流れる水の正確な速度(=艇速)を測るための、フォイルの先端に付けられたピトー管。

技術練習としては、微風から軽風のコンディションでマニューバ中も船首を水に漬けない練習をしていたことと、これも微風下で、フォイリングから落ちそうになったときに、メインセールトラベラーを頻繁に大きくパンピングしてフォイリングを維持する練習をしていたこと。

このパンピングのために、〈タイホロ〉のメイントラベラーは前回の第37回ACのものと比べると、まったく別物へと進化した。

 

第38回ACバージョンの〈タイホロ〉のメインセールトラベラーは大きく進化した。エンドプレート効果を損なわないためのフラップごとデッキ上をスライドする。超微風でテイクオフする際には、メインセールのツイスト量を大きくした上で、このトラベラーを素早く動かしてパンピングしたり風上側一杯まで上げたりする
photo by Emirates Team New Zealand

 

AC40クラス2隻を使って密度の濃いフォイル開発とクルートレーニングを黙々と続けているルナロッサを別にすれば、準備が捗々しく進んでいないように見える挑戦者チーム群に比べて、防衛者ETNZは3連続防衛に向けて、着々と歩を進めているように見える。

 

(文=西村一広)

 

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西村一広
Kazu Nishimura
小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。

 


 

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