「ACをモノハルに戻した男」パトリツィオ・ベルテッリの伝説|AC日記2025-10①

2025.11.03

次回第38回アメリカズカップ(以下、AC)への挑戦を決めた、パトリツィオ・ベルテッリが率いるルナロッサ。

高級ファッションブランド、プラダ(PRADA)グループの会長であるベルテッリは、現代のACを語る上で外すことのできない超重要人物だ。

舵オンラインではこれから複数回に渡り、ベルテッリの活動の軌跡をプロセーラーの西村一広さんによる解説で紹介していく。(編集部)

※本記事は月刊『Kazi』2025年10月号に掲載されたものです。

◆タイトル写真
photo by Carlo Borlenghi|最初のAC挑戦で、挑戦者決定戦であるルイ・ヴィトンカップに優勝し、そのカップに満たした美酒を奥さまのミウッチャ・プラダ(右)に注ぐパトリツィオ・ベルテッリ(左)。1946年4月6日生まれ。2023年プラダ・グループ共同CEO。ウィキペディアによれば、2025年5月時点の個人資産は推定850億円

 

現代ACの隠れた主役

イタリアのAC挑戦チーム、ルナロッサ(イタリア語で「赤い月」)を率いるパトリツィオ・ベルテッリが初めてACに挑戦したのは、2000年にニュージーランド(以下、NZ)のオークランドで開催された第30回ACのことだった。

以来、ベルテッリのAC挑戦は、次回第38回ACで7度目を数える。現在のAC王者エミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)が、ETNZという組織になってからACに挑戦、防衛をした回数は第38回大会を含めて6回。

ベルテッリ率いるルナロッサの、同一組織としてのAC挑戦回数はそれを上回ることになる。さらに言うと、ベルテッリのAC挑戦は、実際には8回目だとカウントすることもできる。

なぜかというと、AC62クラスというカタマランを制式艇とすることになっていた第35回AC(2015年)にも、ベルテッリは挑戦状とエントリー費を防衛者(米国ゴールデンゲート・ヨットクラブ)に提出し、ほかのチームに先んじてAC62の挑戦艇開発にフル体制で取り掛かった。

ところがしばらくして、第35回AC運営組織(防衛側のオラクルチームUSAと表裏一体の組織。CEOはオラクルチームUSAの実質的CEOでもあるラッセル・クーツ)が、挑戦チーム数を増やしたい思惑から、制式艇をAC62よりもふた周りほど小さいカタマラン(後にAC45クラスと呼ばれるようになる)に変更すると突然発表した。

これに、すでにかなりの費用を投じてAC62の挑戦艇開発を突き進めていたベルテッリが猛然と反対の意を示した。それから、あれやこれやのややこしいもめごとがあり、結局ベルテッリはクーツへの怒り心頭のまま第35回ACへの挑戦を撤回したのだった。

 


これが、物議をもたらしたAC62クラス。突然の艇種変更に、当時のACファンたちの間でもベルテッリの怒りを理解する声が多かったと記憶する
photo by Oracle Team USA media

 

ACをモノハル艇に戻した男

話が少し横にそれるが、そのあとのベルテッリの行動について少し付け加えると、怒り心頭のまま第35回ACから退場したベルテッリは、その回のAC戦の最強挑戦者と見ていたETNZの首脳陣に急接近。

挑戦資金不足に苦しんでいたETNZにそれを充当する資金を供出するとともに、腹心のマックス・シレナをETNZの開発チームに送り込む。

そして挑戦資金を供出する条件として、ETNZがその回のACに勝利した場合は、その次のACでは制式艇をカタマランからモノハルに戻す検討をするようETNZに強く求めた。

そして第36回ACで、そのベルテッリの願いは見事に実現し、ACは再びモノハルヨットが闘う場に戻った。

イタリアとACをこよなく愛するベルテッリは、AC制式艇をヨーロッパ由来のモノハルヨットでなく、太平洋ポリネシア発祥のダブルハル艇にしたことにも、クーツに対して強い不満を覚えていたと思われる。

 


第36回大会でルナロッサ・プラダ・ピレリが使用した〈ルナロッサ2〉(AC75)。ACの制式艇がモノハル(AC75)に戻ったのはこの大会から。ルナロッサ・プラダ・ピレリは予選を勝ち上がり、挑戦者としてAC本戦に臨んだ (編集部)

 

後編に続きます!

 

(文=西村一広)

 


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西村一広
Kazu Nishimura
小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。

 


 

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