次回アメリカズカップ挑戦者たちの現況。苦境に立つ英国とエインズリー/AC日記2025-6②

2025.06.18

世界最高峰のヨットレースであるアメリカズカップ(以下、AC)の参加者たちは、さまざまな思惑と事情が交差した結果、複雑な立場や状況に置かれる場合がほとんど。前編では防衛者であるエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)が悲願のAC母国開催を断念し、スキッパーを放出した顛末を紹介した。後編では、次回ACに参加を表明している挑戦者たちの動向を、プロセーラーの西村一広さんに解説していただく。(編集部)

 

本記事は前編はこちら

 

◆メインカット

photo by job vermeulen | 第37回ACで英国のイネオス・ブリタニア(写真左)は、同国では60年ぶりに防衛者との対戦ステージまでたどり着いた。悲願の銀杯奪回まであと一歩と迫ったが、次回ACには参加しないことを表明した

 

米国チームは本拠地建設中

ACの歴史の中では、防衛者の本来的権利として認識されている自国でのAC開催に、自国からの支援を得られずにもがいている防衛チームを尻目に、AC挑戦を継続するための本拠地となる施設の建設を、自国の海洋リゾート都市とタッグを組んで進めているチームもある。米国ニューヨーク・ヨットクラブの代表チーム、アメリカンマジックだ。

アメリカンマジックが活動の本拠地を建設しているのは、フロリダ州メキシコ湾岸の都市、ペンサコーラ。将来、アメリカンマジックがACを獲得したらその前に広がる海面で防衛戦を行うという条件付きで市が建設し、それをアメリカンマジックにリースするという契約。観光都市としてもリゾート地としても知られるペンサコーラ市がAC開催の経済効果を認めたからこその契約だろう。

リース契約期間は最低で10年、その先さらに10年延長というオプションもあるという。

 

過去2回のAC連続挑戦では、アメリカンマジックは他国選手に要職を任せたが、次回は自国選手で固める体制を取ろうとしているのだろうか
photo by American Magic

 

英国の混乱が招いたもの

今月の日記の冒頭に書いた次回第38回ACの開催地問題と関連するけれど、次回ACへの動きが停滞気味なのは、次回ACの挑戦者代表である英国チームが突然のように自己崩壊してしまい(2025年4月号で詳報。その後、ジム・ラトクリフ率いるイネオスが第38回ACへの挑戦自体を取りやめるというオマケまで付いた)、次回ACの詳細計画が進められていないことが大きな原因の一つだ。

次回AC戦の詳細を定めるプロトコルは、「贈与証書」というAC戦における憲法のような取り決めによれば、防衛者と挑戦者代表の2者による協議を経て作成しなければならない、と定められている。二つに分裂した英国の挑戦者チームのうち、ベン・エインズリーが率いるアテナ・レーシングが挑戦者代表の権利を引き継ぐことにはなったものの、メインスポンサーであるイネオスを失ったエインズリーは、チームを維持・存続させるための新たなスポンサー探しに奔走しなければならなくなった。

挑戦者代表がそういう状況に陥ると、防衛者ETNZはAC75クラス新バージョンのクラスルールや、次回ACの大会スケジュールなどを決めるための話し合いができず、次回ACの詳細を決めることができない。その状況のままでは、防衛チームも、次回大会に挑戦予定のチームも、それぞれが狙うスポンサー企業と交渉を始めることすらできない。

 

メインスポンサーを失ったエインズリーは、次回挑戦のためにいばらの道を歩きながらスポンサー、あるいはパトロン探しを続けている
photo by COR 36 | Studio Borlenghi

 

(文=西村一広)

 

※本記事は月刊『Kazi』2025年6月号に掲載されたものです。

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西村一広
Kazu Nishimura

小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。

 



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