AC日記11|アメリカズカップ AC40クラス初レガッタに思う

2023.11.01

 

初めてアメリカズカップを現場で観て以来約30年、その間、ニッポンチャレンジのセーリングチームに選抜されるなどしながら、日本のアメリカズカップ挑戦の意義を考察し続けるプロセーラー西村一広氏による、アメリカズカップ考を不定期連載で掲載する。新時代のアメリカズカップ情報を、できるだけ正確に、技術的側面も踏まえて、分かりやすく解説していただく。本稿は月刊『Kazi』11月号に掲載された内容を再集録するものだ。(編集部)

 

※メインカット写真|photo by Ian Roman | America's Cup | ピーター・バーリングとネイサン・アウタリッジとの接戦の末、AC40クラス最初のレガッタで優勝したのは、モスと ILCA両方で世界トップに立った2人、トム・スリングスビーとポール・グッディソンが率いるアメリカンマジック 

 

 

 

AC40による世界初のレース

先月9月15日から17日、バルセロナ近郊の港町ビラノバ・イ・ラ・ジャルトル(Vilanova i La Geltru)で、第37回アメリカズカップ(2024年10月、バルセロナで開催予定。以下、AC)最初のプレイベントが開催された。 

このイベントは、カップ本戦で使われるレース艇AC75クラスではなく、防衛側・挑戦側の全6チームによる、ワンデザインクラスAC40でのフリートレース数戦と、そのフリートレースでの上位2チームによるマッチレースで決勝戦を行う3日間のレガッタとして開催された。 

第37回ACの行方を占うことになるイベントとしても捉えられていたこのレースだが、蓋を開けてみたら、それぞれのACチームのチーム力比較などというナマ易しいものではなく、ある程度予想されたことではあるが、フォイリングモスの世界選手権やSailGPでトップの座を争うセーラーたちの真剣勝負が、世界初のワンデザイン40ftモノハルフォイラーで展開する、世界初のレースになった。 

 

 

スリングスビー、グッディソン、バーリング、アウタリッジの4人は SailGPで互いに戦う個人同士だが、ACでは2人1組の 2チームに分かれて戦う。戦いのクオリティーがさらに高まる

photo by Ricardo Pinto / America's Cup

 

 

大会のわずか2週間前に初めてAC40クラスに乗った ばかりのフランスのAC挑戦チーム、オリエント・エクスプレス (右端)の若いセーラーたちがこのレガッタの第1レースを制 した。SailGPでも活躍する彼らの今後の活躍が見もの 

photo by Ricardo Pinto / America's Cup

 

 

セーリング競技下剋上

今回のレガッタは、フォイリング艇にとっては、強風と同様に難易度の高い微風のレースコンディションになった。だからラッキー、アンラッキーがたくさんあったと口にするにわかヨッティングジャーナリストが多いが、果たしてそうだろうか? 

そんな難しいコンディションのレースであっても、レース結果を見てみれば、優れたセーラーは、収まるべきポジションに収まっている。 

それを分かりやすくするために、チーム名でなく、ドライバー名で今回のレガッタの成績を上から順に並べてみると、以下のようになる。 

トム・スリングスビー、ポール・グッディソン、ピーター・バーリング、ネイサン・アウタリッジ、クォンタン・ドラピエ、ケビン・ペポネット・・・。すべてモス級や49er級、SailGPで活躍する、若くて優秀なトップセーラーたちだ。 

その一方で、潤沢なキャンペーン費に恵まれて早くから来年の第37回ACのキャンペーンを開始し、テスト艇のLEQ12やAC40クラスのモノハルフォイラーでのセーリングに慣れていたはずのルナロッサ・プラダピレリのジミー・スピットヒルとフランチェスコ・ブルーニや、イネオス・ブリタニアのベン・エインズリーとジャイルズ・スコットは、誰もが認めるセーリング競技界のレジェンド中のレジェンドであるトップセーラーたちだが、今回のイベントでは光る場面がほとんどなく、ACルーキーと呼んでもいい、ほとんど無名の若手セーラーたちにさえ翻弄されていたのが、印象に残った。 

 

 

優勝し登壇する米国チーム、アメリカンマジック 

photo by Alex Carabi / America's Cup

 

 

最終戦のアリンギのギアトラブルがなければ、イネオスとともにボトム2になる可能性が高かったルナロッ サ・プラダ・ピレリ。ワンデザインAC40での初レガッタは、ベテランたちに厳しい現実を突きつけた

photo by Luna Rossa Challenge

 

 

辛酸をなめたベテランたち

彼らレジェンドセーラーたちの、セーラーとしての資質に対しても、すごいばかりの実績に対しても、深い尊敬の念を抱いて止まない者として、今回のレースで彼らがまるで新人のように1艇だけフォイリングできずに苦しんでいたり、若いルーキーに簡単にペナルティーを取られたりする場面を見たりすることは、正直言って、辛いものがあった。 

彼らは極めて優秀なセーラーではあるが、フォイリングモスや49er級のような高性能ボートで世界のトップを争ってきた世代のセーラーではない。 

その世代には残酷な話だが、これからのインショアレース、いや、もっと範囲を狭めて言うと、たとえ経験が重要だといわれるアメリカズカップであっても、少なくともフォイリング艇で競うセーリング競技は、スケートボードやサーフィン競技のトップ選手たちのように、ビビッドな運動神経と尖った感性に優れた若いセーリング選手でなければ戦えない競技になっていくのだろうという思いを、今回のレースを観ながら強く抱いた。 

とはいうものの、第37回ACまであと1年ある。1年後の本番ACでは、彼らレジェンドたちが、若いライバルたち相手に堂々とした闘いを見せてくれることも、密かに期待し続けたい。 

 

 

アリンギ・レッドブルレーシングは最終戦でフォイルアームの駆動装置に不調が起きてしまいレースから離脱した。 それがなければ総合3位も狙えるポジションにいた 

photo by Emirates Team New Zealand

 

(文=西村一広)

※本記事は月刊『Kazi』2023年11月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ

 

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西村一広

Kazu Nishimura

小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。

 


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