今月8月29日に、スペイン・バルセロナで始まった第37回アメリカズカップ挑戦者決定戦。その闘いに挑むのは、挑戦艇を送り出す5カ国の辣腕技術者たちが開発設計して建造した全長23mのモノハルフォイラーAC75クラス第2世代。1カ月を超えるシリーズ戦を経て、10月6日、王者エミレーツ・チームニュージーランドに挑戦する艇が決定する。
(文=西村一広)
メインカット | photo by Job Vermeulen / America’s Cup | バルセロナ沖の海面で、サグラダファミリアを遠くに見ながら模擬レーストライアルを繰り返すルナロッサ・プラダ・ピレリ(イタリア、手前)とイネオス・ブリタニア(イギリス・奥)
AC75クラス第2世代とは
今回の第37回アメリカズカップ(以下、AC)は、第36回AC(2021年)でデビューしたAC75のクラスルール(Ver.1)を改訂したルールVer.2に沿って設計・建造された第2世代のAC75クラスによって争われる。第2世代が第1世代と異なる点は、細かく見ればいくつもあるが、以下の3点が大きく異なる。
フォイル・ウイングのスパンが大きくなった。ジェネカーを使わないことになった。バックステイ(左右2本)がなくなった。フォイル・ウイングのスパンが伸びたことで、セールからのパワーをさらに大きく使うことができる。その要素の部分だけでもスピード性能が上がる。フォイルの形だけを見ても、第1世代に比べてかなり進化し、この部分が性能に最も重要な役割を担っていることがヒシヒシと伝わってくる。第2世代は前世代に比べて、コンディションによっては10%も速くなったと、あるチームはコメントしている。
バックステイがなくなったことで、メインセール・トリマーは、メインセールのリーチにバックステイの役割もさせながらセールトリムする。そのため各艇とも、マスト・ローテーション、ダブルスキンのアウトホール、そしてトラベラーによるメインセールのトリムシステムを、第1世代に比べて大きく進化させている様子が見て取れる。また、バックステイを使ってフォアステイのサギングをコントロールすることができない。そのため各チームともジブ・ハリヤードやジブ・カニンガムを使ってそれを行うシステムを考え出した。各チームは、これら細部のシステムのチューンアップにも、予選シリーズ開始前夜まで力を尽くすことになる。
第37回ACの挑戦者に指名されるのは、どのチームになるのか?
LUNA ROSSA PRADA PIRELLI TEAM
ルナロッサ・プラダ・ピレリ(イタリア)
photo by Ivo Rovira / America’s Cup
photo by Ivo Rovira / America’s Cup
防衛チームを追い詰める
美しく、かつ、戦闘力高き挑戦艇
2000年の第32回ACに初挑戦して以来、今回で6回目の挑戦になるイタリアチーム。過去5度の挑戦のうち、2度挑戦者決定戦を勝ち抜いてAC本戦へと進出したが、まだACを獲得したことはない。
美しく、かつ、戦闘力の高い挑戦艇を毎回送り込むこのチームは、今回も、際立って目を惹く挑戦艇を開発した。空力的に最適化された曲線を持つデッキ面の、左右に分かれたクルー・コクピットの最前列にフロントガラスが張られていることもあって、サイドビューはまるでフォーミュラカーのようである。
ステムから、メインセールの後端位置の真下辺りまで、直線的に走るロッカーを持つバッスルは、フォイリング時にエンドプレートとしての役割を担うが、その断面形状は極度に痩せていて、排水量モードでの操船の難しさを予想させる。
この艇が進水した直後のイタリア・サルディニア島で、旧型と新型のフォイルを左右舷に装着したテストを目撃した関係者によれば、そのフォイルの性能差は、目で見てわかるほど歴然としていたという。船体以上に重要かも知れない新型フォイルにも、このチームは手応えを感じているかもしれない。
ORIENT EXPRESS RACING TEAM
オリエント・エクスプレス(フランス)
photo by Alexander Champy-McLean / Orient Express Racing Team
海洋文化への誇り高い
フランス人セーラーの戦い
防衛チームであり、今回ACの興行主の立場でもあるエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)は、挑戦艇の開発費用に限りがあったり、挑戦キャンペーン期間が短かったりする挑戦チームにも参加を促す目的で、自チームの防衛艇のデザインを比較的リーズナブルな価格で販売することを、前回大会から行っている。挑戦チームの立ち上げとスポンサー獲得まで時間がかかってしまったフランスチームは、ETNZが提供するそのデザインパッケージを購入した。
デザインは購入できても、大会主催者が全チームに有料で提供するリグとフォイルアーム以外の、船体とフォイルウイングの建造は自国で行わなければならない。このチームの建造を担当したのは、ハイスペックの大型レーシングヨットのビルダーとして高い実績のあるフランスのマルチプラスト社。
このチームは、「購入したデザインに、われわれ独自のアイデアを盛り込んだ」という。確かに、自国の海洋文化への誇り高いフランス人セーラーたちが、他国のデザインを丸々そのまま受け入れるとは思えない。 苦労して、苦労して第37回AC挑戦にまでこぎ着けたこのチームが、AC王者と同じデザインに手を加えた挑戦艇で、挑戦者選抜戦を勝ち抜き、ついでにETNZ相手の同型艇接戦も制してフランスに初めてACを持ち帰る、というお伽話的なシナリオも、見てみたい気がする。
大会スケジュール
レースヴィレッジ&各チームのテックエリア
2024年夏、バルセロナ。アメリカズカップの挑戦者たち②に続きます!
西村一広
Kazu Nishimura
小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。
※本記事は月刊『Kazi』2024年9月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ
●AC日記04-7|アメリカズカップのレース艇比較研究、序章①
●AC日記04-8 | アメリカズカップのレース艇比較研究、序章②
●第37回アメリカズカップついに開幕。初日からトム・スリングズビー大暴れ!